吸血鬼は永遠に

グレイ伯爵

 館に辿り着いた伯爵は、玄関ドアの前にローラを優しく降ろした。
「話は中へ入ってからだ」
そう言うと、ドアを開けてホールへローラを促す。
「お帰りなさいませ」
執事が現れて伯爵のコートを脱がせた。
「ありがとう。客人を連れてきた。前にも会っていると思うが、ミス・バーンズだ。これから我が家に居てもらうからそのつもりで。ミス・バーンズ、こちらは執事のドナルド・カーティスだ」
「ドナルドとお呼び下さい」
「……よろしく」
「ドナルド、部屋へスーズトニックを持って来てくれるか? 夕食はその後にしよう」
「畏まりました」
執事はうやうやしく礼をすると、コートを畳んで脇のドアへと消えていった。

「付いて来たまえ」
伯爵は階段を上り始めた。ローラも後に続く。踊場の壁には巨大なグレイ伯の肖像画が掛けられていた。ミラは思わず目を遣った。
「私としては、自分の肖像画を飾るなど趣味では無いのだが、ドナルド曰く当主の絵を飾るのは我が家の代々の習わしだそうでね」
ローラが訊いてもいないのに、伯爵はそう説明した。まるで悪戯を見つかった子供の言い訳を聞いている様で、ローラはクスリと笑う。謎に満ちた伯爵の、意外にも可愛らしい一面を見て、ローラの緊張は解れた。
「さぞかし有名な画家に描かせたのでしょうね?」
「いや、特別有名という訳では無いが、腕の良いイタリアの画家に描かせたのだよ。肖像画を生業にしている男だ」
ローラは絵を良く見てみた。暗闇の中から鮮やかに浮かび上がるグレイ伯。青白い肌の繊細な表現といい、鋭い眼光の瞳の鮮やかな色合いといい、まるで生きた伯爵がそこに居るかの様だった。背景が真っ暗なのは、より人物を鮮明に印象付ける為の作者の意図であろう。確かに腕の良い画家に違いない。

 長い廊下を歩いて、伯爵の部屋にローラは通された。濃いグリーンの壁にローズウッドの深みのある色のフローリングが、落ち着いた雰囲気を醸し出している。暖炉には赤々と火が燃えていた。
「先ずは火に当たると良い」
ローラは暖炉の前の革張りのソファーに腰かけた。マントルピースの上の壁には大きな垂れ幕が掛かっている。大きさと形から推察するに、どうやら何かの絵画を覆っている様だ。
「あれは何です?」
ローラが垂れ幕を指差して訊ねる。
「うん……絵が飾ってあったのだが、今はもう見なくて良いのだ」
「どんな絵なんです?」
ローラは立ち上がって暖炉の前まで移動した。垂れ幕を上げようと手を伸ばした時である。その手を伯爵の右手が力強く掴んだ。ローラは目をパチクリさせる。だってほんの今まで、伯爵は部屋の反対側に居たのだ。驚いたローラが伯爵の顔を見上げると、そこには怒りとも、悲しみとも付かない悲痛な表情があった。
「すまないが、これには近付かないでもらえるか?」
ローラは意図していなかったとは言え、伯爵を傷付けた事を後悔した。伯爵が人間かどうかも定かでは無いが、仮にも心を宿す者なら、他人に触れられたくない事の一つや二つあるものだ。
「……ご免なさい」
「いや、謝る必要は無い。だが、あれには構わないでくれ」
「分かったわ」

 ドアをノックする音が聞こえた。
「ドナルドか? 入れ」
「失礼致します」
執事はロンググラスを乗せた銀のトレイを持って部屋へ入って来た。二人は向かい合って座る。
「スーズトニックでございます」
執事はテーブルにグラスを置いた。
「ありがとう、ドナルド。下がって良いぞ」
執事は静かに部屋を出ていった。
「スーズトニックは食事の前に飲むには良い酒だよ。食欲を増進してくれるのだ。遠慮せずに飲みたまえ」
ローラは言われるままに一口飲んでみた。カンパリに良く似た味だが、それより苦みが強かった。
「大人の味といった感じね」
「そうだな」
「それで……。私の質問にまだ答えていないわ。貴方は一体何者なんです? どうしてあのビルに私が居る事が分かったの?」
伯爵はしばらく黙ってカクテルを飲んでいたが、おもむろに話し始めた。
「我が一族だが、かつてこの地域を治めていた王が我らの祖先だ。王は隣国を治める王と土地を巡って争っていた。当時は隣国の方が勢力があり、度々我が国へ侵入しては農民を脅して無理矢理税を治めさせたり、乱暴狼藉を行っていた。領民からの訴えもあり、とうとう隣国と本格的な戦になったが、多勢に無勢、勢いに乗る敵に我が国は負け続け、あっという間に衰退した。そんな折、国に一人の老女が流れ着いた。噂では魔女という事だった。老女は敵を撃ち破り、国を復興させる秘密を教えるから、王に会わせてくれと申し出た。老女は王に謁見して、秘密を教えた。曰く、ここから馬車で三日ほどの岩山の奥地の洞窟に、太古の昔より狼が住んでいて、ずっとこの地を見守って来た。その狼へ、王の一番大事な者を生け贄として捧げれば、狼との契約が成立し、国は狼の力を借りて戦に勝ち、その後繁栄するだろう、という事だった」
ここまで話すと、伯爵はカクテルを一口含んで暖炉の火を見つめた。瞳に炎のオレンジ色が映って、まるで伯爵の瞳が燃え上がっている様だった。
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