吸血鬼は永遠に

生け贄

「その生け贄って……」
「私だ。王の息子である私が生け贄に選ばれた。私は当時八つだった。国の運命を左右する貴重な贄として、美しく着飾り、丁重に扱われたが、死にゆく運命である事には変わりが無かった。私は馬車で岩山まで運ばれ、そこから先は人が運ぶ輿に乗って洞窟まで運ばれた。洞窟に私と数日分の食料と水を残して、一同はそこを立ち去った」
「そんな……幾らなんでも酷いわ」
「まあな。だが当時は一人の人間の価値より、国の存亡の方が大事だったのだ。王族ならなおの事
な」
「それでどうなったの?」
「二日間は何事も無く過ぎた。三日目の夜、洞窟の中から外を眺めていると、暗闇の中に二つの緑色の光がこちらへ近付いて来るのが見えた。私は恐怖でじっとしていた。やがてその光は巨大な狼の目であることが分かった。狼は真っ黒な毛皮をしていて、牛程の大きさだった。『ああ、僕はこいつに食われて死ぬのだ』私はそう思って覚悟を決めた。だが、狼は私の前で立ち止まると、低い声で話し始めた――」
「狼が人間の言葉をしゃべった訳?」
「そうだ。『お前は誰だ? 何故ここにいる?』狼はそう質問した。私は『僕はこの王国の王、ハロルドの息子、オーガストです。王国を勝利に導くための生け贄として、ここに連れてこられたのです。僕が生け贄になれば、王国は勝利し、国は繁栄すると聞きました』そう答えた。狼は少し驚いた顔をして、『そういう事か。まあ確かに俺は永いことこの地の繁栄を見守って来たし、加勢してやらん事も無いがね。だが生け贄というのは誤解だな』と言って笑った。『どういう事ですか?』私は訊ねた。『お前の魂の半分をもらい、俺の魂の半分をお前にやる。それで契約成立だ。お前は狼の力を得て、通常の人間では出来ない事が出来る様になる。嵐を喚んで敵を撃退させる事も出来るし、狼の群れを呼び集めて戦力とする事も、空を飛ぶ事も可能になる。それに、お前は不死身の身体を得て、どんな攻撃を受けても死ななくなるのだ。ある一定の年齢までは普通に歳をとるが、その後は歳は止まるだろう。だがその代わり、生きるために人間の生き血を飲まなくてはならない呪いを背負う事になる。それと、この地を護ってゆく義務もな。どうするね? 少年よ』狼はそう答えた。『生き血を飲むだなんて、そんな事……』私は震え上がった。『まあ、飲まなくても済む道もあるがな』狼は笑った。『どんな道ですか?』私は藁にもすがる思いで聞いた。『お前が心の底から愛する者を見つけ、その者に愛情を注いでいる間は呪いから自由で居られるだろう』狼の話を聞いて、私の心は揺れた。その様な恐ろしい運命から逃げたい思いと、王国を救いたい気持ちがせめぎ合った。結局、私は狼と契約する事にしたのだ。『良かろう』私の決意を聞いた狼はそう言うと、私の腕を軽く噛んだ。滲んだ血を舐め取ると、今度は自分の前足を噛んで、私に言った。『さあ、俺の血を飲むが良い。それで契約は成立する』私は言われた通りにした。血を飲んだ瞬間、体に電撃の様なショックが走り、私はその場に気絶した。目が覚めた時は、既に昼間になっていて、狼の姿は無かった。私は洞窟の外へ出て、空を飛ぶ事に精神を集中させた。あっという間に体が浮き、凄まじい勢いで空を飛んで城へと帰ったのだよ。それ以来、私は一族と共に、ずっとこの地を護って来たのだ」

「……」
ローラは絶句した。まるで古代のお伽噺話の様であるが、実際先程伯爵は彼女を抱えて空を飛んで来たのだ。信じるしか無かった。
「では、私があのビルに居るのが分かったのも、その不思議な力のせいなのね?」
「そうだ。そういう訳だから、どうか私の愛を受け入れて欲しい。難しい事では無い。ただ私が君に愛情を注ぐのを認めてくれさえすれば良いのだ」
伯爵はそう言って笑うと、グラスをテーブルの上へ置いた。
「さて、一通り私の立場を理解してもらった事だし、そろそろ食事にしないか?」
「……ええ。そうね」
「では、着替えだな」
「着替え?」
「もちろんだ。ディナーにはディナーに相応しい格好という物がある」
「でも私……そんな服など持っていないわ」
「隣の部屋に君の服を用意してある」

 ローラは伯爵に案内されて隣の部屋に入ってみた。可憐な小花模様の壁に覆われた広い部屋の奥に、天蓋付きの大きなベッドが置いてあり、その上に深紅のドレスが置いてあった。ベッドの脇には、同じ深紅のハイヒールが揃えてある。
「着替えたら呼んでくれ」
伯爵はそう告げると自分の部屋へ戻って行った。

 ローラはドレスを手に取って眺めてみた。厚手のシルクのローブ・デコルテだった。ふとベッド脇のサイドテーブルに目を遣ると、やはり深紅のルビーのイヤリングが置いてある。
「至れり尽くせり、という訳ね」
ローラは軽く微笑むと、服を脱いだ。

 突如、携帯電話のメールの着信音が鳴り響いた。マックスからだ。

『密売屋の連中が死んでいるのを確認した。お前がやったのか? 今何処に居るんだ? 無事なら連絡してくれ』

ローラはしばらく考え込んだ。連絡すれば、伯爵の事を話さなければならなくなるだろう。伯爵は警察権も無いのに四人殺している。殺したのは犯罪者であるし、裁判でも事は有利に運ぶだろうが――

『無事よ。何処に居るかは秘密にしたいの。探さないでくれる? それと、しばらく有給を使うと課長に言っておいて』

返信メールを送るとローラはドレスを着た。
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