白衣とブラックチョコレート

言葉の重み

「悠貴っ!!」

ERの扉を開けて目当ての人物を見つけると、雛子は急いで駆け寄った。

「おう雨宮、お疲れさん」

悠貴はカルテの入力作業をしていた手を止め、パソコンから顔を上げる。

「篠原さんが運ばれたって、さっき池野先生から電話が……」

一命は取り留めたと聞いているが、それ以上の詳しいことは何も分からない。雛子はいてもたってもいられず、休憩時間を利用してERまで降りてきたのだ。

「ああ、一時は切迫心停止でヤバかったけど、何とか持ち直した。状態落ち着いたらそっちで頼むな」

悠貴は力の抜けたような表情でへらりと笑う。普段の様子とは雰囲気が違う気がして、雛子は心配そうに顔を覗き込む。

「ど、どうしちゃったの? 何か魂抜けたみたいな顔しちゃって……篠原さんは大丈夫なんだよね?」

切迫心停止ということは、何らかの後遺症が残る可能性もある。しかし雛子の心配を他所に、悠貴はその可能性については否定した。

「いや、もう意識も戻ってるし、問題なさそうだ。そこのベッドにいるから顔見てやれよ」

それだけ言うと、悠貴はどこからか聞こえてくる点滴のアラームを確認しに行ってしまう。

「変なの、悠貴……」

悠貴が自分の気持ちを自覚し、未だ戸惑っていることを雛子は知る由もない。

首を傾げながら、雛子は悠貴に示されたベッドへと近付く。

「篠原さん」

ベッドで両腕から点滴に繋がれている舞は、雛子の声に薄く目を開いた。

「なんだ、あんたが来たの……恭平が良かったのに……」

「すみません。でも心配したんですよ?」

弱々しい声ながら、いつもの調子で悪態を付く舞に一先ず安心する。

輸血のためか、大量出血をしたわりには顔色が良いように見えた。

舞は剣呑な顔つきで、一つ鼻を鳴らす。

「あんた、言ったわよね……『ここには帰りたくても帰れない、命かけて戦ってる人もたくさんいる』って……あんたや、アイツ……入山が焚き付けて、私は乗らなくても良い舞台に乗ったのよ……それでこのザマ。感想は?」

「すみません……」

どうしてあんなことを言ってしまったのだろうか。新人も新人のあの頃の言葉の重みが、今になってずしりとのしかかる。

彼女の病気は、手術しなくても命に関わることはないはずだった。例え頻回に入院することになっても、彼女がそれを選ぶならそれを尊重しなければいけなかったのだ。

「私、恥ずかしいです……篠原さんのこと、何も分かっていなかったくせに……」

舞には父親の死というトラウマがあり、その父親と同じように術後出血を起こす可能性を恐れるのも当然だった。

雛子が彼女の父親について知ったのは術前の問診カルテが初めてだった。彼女がはぐらかした手術を受けたくない気持ち。あの時の雛子には、言葉の裏にある本当の気持ちを汲み取ることができなかった。

「わざわざ命掛けて戦ったの。私もその一員になったんだから、文句言わせないわよ」

「言えませんよ、文句なんて。本当にお疲れ様でした」

どこか誇らしげな顔の舞の手を、雛子はそっと両手で包み込む。

「今はゆっくり休んで下さいね。病棟(うえ)で待ってますから」

雛子につられ、舞は口の端に僅かな笑みを浮かべた。

「ふん、馬鹿ね、お人好しなんだから」

そう言って、舞は雛子の手のひらを握り返す。

「病棟に戻ったら今度こそ最後の入院にする。よろしくね……雨宮さん」

「はいっ! もちろんですっ……!」












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