白衣とブラックチョコレート

最下位

三月にもなれば、すっかり冬の気配は去り春めいてくる。雛子は寝ぼけ眼を擦りながら、朝早くに寮の部屋を後にした。

「ふぁ……だいぶあったかくなってきたなぁ。今月で今年度も終わりかぁ〜」

外に出た時の少し暖かさを感じる空気に、思わず欠伸が出る。とはいえ早朝はまだまだ寒く、次の瞬間吹いた風に身震いし、足早に病院内へと入った。



更衣室で着替えて病棟の休憩室に入ると、夜勤の大沢がソファにもたれ掛かりテレビを付けていた。クマの濃くなったその目は心做しか虚ろだ。

「おはようございます。もしかしてやっと休憩に入れた感じですか?」

「おはよう雨宮。そうなの、夜忙し過ぎて……今やっと水だけ飲みに来た感じよ……」

「お、お疲れ様です……」

この調子だと日勤も大荒れか、と心の中で嘆く。

テレビでは相変わらずバス横転のニュースの続報が止まらない。原因究明や責任の行方について、コメンテーターがあれやこれやと連日好き勝手に解説をしている。

この東京病院に運ばれた患者達も大分良くなってきているとはいえ、まだ退院には程遠い者が殆どだ。

『続いては〜本日の占いコーナーです!』

事故のニュースが終わると、女性キャスターは真面目なトーンから打って変わって明るい声で、今日の運勢を読み上げる。所謂誕生月占いというやつだ。

『本日の最下位は〜……残念! 三月生まれのあなた! ハプニング続出で大混乱!? 好きな人に飽きれられちゃうかも……ラッキーパーソンは、昔お世話になった人!』

「ええ〜、今日忙しい日なのに最下位……」

「あ、雨宮今月誕生日なの? はは、ドンマイ」

今月で二十二歳となる雛子。まさに本日の行方を暗示するような占いにげんなりとする。

「桜井さんに飽きれられるの……嫌だなぁ」

「え」

「え?」

休憩室内に、暫しの沈黙。

「って好きな人!? いやいや、そうじゃなくてですねっ!?」

「……どこが良いのよあんな人たらし」

違うんです、そうじゃないんです、といえば言うほどいたたまれなくなってくる。雛子は情けなくなりながら、後ろ向きに休憩室を後にした。


「はぁ〜最悪だ。何言ってんだろ私……」

思えば、今日に限ったことではなく恭平には日々飽きれられまくっている。


『そろそろ自分で何とかしろって、昨日も言ったはずだけど────』


昨年末、御曹司の塔山優次郎を上手くあしらうことができず、恭平から飽きれたような冷たい眼差しを向けられたことが鮮明に思い出される。

「確かに……もうすぐ二年目になって後輩も入ってくるんだもんね……何でも一人でできるようになって、桜井さんを飽きれさせないようにしないと……でも私ポンコツだからなぁ〜……不安だ……」



雛子のそんな不安と占いは、見事、最悪な形で当たることになる。











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