白衣とブラックチョコレート

なんてことない一日

「……おはよーざいまぁす」

春眠暁を覚えず。

いくらギリギリまで寝ているとはいえ、眠いものは眠い。半径五十センチにしか届かなそうな声で、形だけの挨拶をして病棟に入る。

すでに日勤者は恭平を除いて全員パソコンに向かい、受け持ち患者の情報収集をしていた。

「あんたねぇ、でかい図体でぬぼーっとそこ立たれると邪魔! てかもうちょっと早く来なさいよ。あと十分で日勤始まるじゃない!」

何回言わせるのよ、と夜勤リーダーの大沢泉がやや疲れた顔で恭平をどつく。朝が弱い恭平は交わしきれず、脇腹に目覚めの一発を喰らう。縦にはデカいが、贅肉がないのでモロに内臓に響く。

「いってぇ……。定時に間に合ってるんだから文句ないでしょ。パワハラですよ」

「パワハラですよ、じゃねーわよ。ったく、これからまた新人も来るんだからさぁ。あんた今年はプリセプターでしょ? そんなんでちゃんと指導できるわけ?」

「さぁ」

「さぁって……あ、ちょっと!」

大沢に構わず、恭平は空いているパソコンの前に座りカルテを開く。

「俺、自分の情報収集する時間ちゃんと逆算して来てるんで。ここで大沢さんと話してると本当、業務に支障が〜」

「ったく、我がプリ子ながらムカつく〜!」

その時タイミング良くナースコールが鳴り、大沢は慌ててステーションを出ていく。内心「助かった……」と思いつつ、恭平は形だけの情報収集を始めた。

「いつまでも我が子は可愛いんですね〜。桜井さんもう五年目なのに」

隣のパソコンでカルテを見ていた後輩の水嶋未来(みずしま みらい)が、可笑しそうに小声で恭平に話しかける。今年やっと二年目になったばかりの若手ナースだ。

社則ギリギリの明るい髪に、重たそうなまつげエクステを推定百八十本は付けているギャルである。

「我が子って……単にプリセプターとプリセプティってだけなのに大袈裟な……」

「それだけプリ子は可愛いんですよぉ! 知りませんけど」

良くも悪くも今時の若者である。恭平もまだ二十六歳ではあるが、二十二歳の女子とは性差も相まって随分とジェネレーションギャップを感じるものだ。

入ってくる新人はそれよりもさらに一つ若い二十一歳。今年は恭平が直属の教育担当、いわゆるプリセプターをしなければならない。

ただでさえ看護師社会の男は肩身が狭く、上手くやっていくにはそれなりに労力が必要なのだ。

プリセプターなどになれば、今まで割けていた労力も割けなくなるに決まっている。

……というのは言い訳で、ただただ面倒臭いだけなのだが。

「……考えんのやめよ」

一通り受け持ち患者のカルテを斜め読みし終えた頃、時刻は日勤開始時刻を迎え、この病棟唯一の男性看護師、桜井恭平はあくびを噛み殺しながら席を立ったのだった。








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