白衣とブラックチョコレート

カミサマ

一方の悠貴・舞ペアは、若女将を不安に陥れた元凶という自覚があるためか、真理亜達とは違い真面目に鷹峯の捜索に当たっていた。

「もう、結局全部のお風呂を見て回ったけどどこにもいないじゃないっ」

本館に十以上ある全ての浴場を見て回ったものの、二人は鷹峯を見つけるに至らなかった。

最後に悠貴が大浴場の男湯を覗きに行き、舞はそれを外の待合スペースに座って待っているところだ。

「鷹峯先生どこ行っちゃったのかしら……痛っ」

突如、口腔内にピリッとした痛みが走る。食事中に口内炎が出来ていることに気付いてから、時々思い出したように沁みる。

(っ……)

内心舌打ちをする。発熱する前に、いつも決まって口内炎ができるのだ。これはその予兆なのだと、長年の経験からすぐに理解した。

(せめて明日の朝帰るまでは熱が出なければ良いけど……)

舌先で口内炎をつつきながら、舞がそう考えていた時だった。



「お姉ちゃん、何してるの?」


突然、横から声をかけられ、舞は驚いてそちらを向いた。


(……子ども?)


浴衣を着た少年だった。暗い照明のせいかやけに血色が悪い。ここに泊まっている旅行客のうちの一人だろうか。


「あら、僕どうしたのかしら。迷子?」


舞は少年の言葉には答えず、逆に質問した。一方の少年もまた、舞の質問には答えない。黙って見つめ返すその瞳が、全てを見透かされているようで居心地が悪い。

やがて少年は、その小さな手をそっと伸ばした。


「お姉ちゃん、喉痛いんだ」


「っ……!?」


舞は反射的に、少年の手を振り払った。首に僅かに触れた指先は氷のように冷たくてゾッとする。

「……あんた何? 親は?」

子どもはあまり好きではない。舞は低い声で尋ねる。


「いるよ。でもあんまり会えないの。ボクは『カミサマ』だから」


「はぁ?」

訳が分からない。言葉の真意が読み取れず、思わず顔が引き攣る。

「確かに、貧乏神って感じだわ。辛気臭いガキ」

心の奥底を覗き込むような少年の瞳に、嫌悪感から冷たい声音でそう吐き捨てる。それでも尚、少年は暗い瞳で舞を見つめ続けた。


「……なによ。早くどっか行きなさい」


子供相手に何をムキになっているのだろう。途端に冷静になり、気まずさから舞は視線を逸らし少年を手で追い払う。

しかし少年は、やはり何かを見透かすような瞳で、そこに佇むとこう呟いた。


「お姉ちゃん……病気なの?」


「……何ですって?」


再び、舞は少年に鋭い視線を向ける。


「治らないの?」


「っ……」


少年の純粋な瞳と目が合う。じっと見つめ合っていると、何故か本当の事を言わなければならないような気にさせられる。


「……治るわよ。手術すればね」


観念したようにそう呟く舞に、少年はきょとんとした様子で首を傾げた。


「手術するの?」


「っ……しない、したくないのよ」


無意識に、手を首に持っていく。少しだけ痛み始めた喉を、指先でそっと触れる。


「喉、痛い? それなら、これあげる」


少年は半纏の中に手を入れると、取り出した何かを舞に手渡した。


「勇気が出る飴だよ、お姉ちゃん」


反射的に受け取った手のひらに、コロンとした飴玉がひとつ乗っていた。


「あ、ありがとう……」


顔を上げると、少年は既に走り去り、廊下の向こうへと消えていくところだった。


「あっ、ちょっと!」


「何だよ、大きい声出して」


舞が立ち上がったその時、丁度悠貴が男湯の暖簾をくぐってこちらへやってきた。ここにも鷹峯はいなかったようだ。

「何か変な子どもに絡まれたの……」

「はぁ? 絡んだの間違いだろ。なんだそれ……飴?」

呆然と立ち竦む舞の手のひらを、悠貴が不思議そうに見つめる。

「その子どもがくれたのよ……喉が痛いならあげるって」

「はぁっ? お前喉痛いのかよ!?」

悠貴が舞の肩を掴み顔を覗き込む。その剣幕に、舞は思わずたじろいだ。

「べ、別に痛くないわよ! まだ……口内炎が、できただけで……」

「バカ! そりゃ熱の出る前兆だろうがっ!」

「し、知ってるの?」

「あたりめーだろ。お前のカルテも読んだし病気についても調べた」

当然のようにそう告げられ、何となく気まずくなり舞は視線を逸らす。

「何か……変態」

「えーえー変態で結構。お前のカルテすっげーな、クレームばっかり」

「う、うるっさいわね! 余計なことまでカルテに書くんじゃないわよっ!」

「カルテってなぁそういうもんなんだよ!」

せっかくその他大勢の前で猫を被っていても、これじゃあ意味が無いじゃないか。まぁ、薄々分かっていたことではあるが。

「……こんな所で言い争ってても仕方ないし、帰るか」

「……そうね」

当初の目的が鷹峯の捜索であった事を思い出し、二人は一旦縁の間へと戻ることにする。

途中、通りかかった売店できゃっきゃと土産物を物色する二人組を見つけ、真面目に捜索しているのは自分達だけであったと気が付く。


「……なぁ、何で手術しねぇんだよ。こんなに頻繁に熱出すと仕事にも支障来すだろ」

売店を通り過ぎ暫く歩いたところで、悠貴がそう尋ねた。

「あら、前にも言わなかったかしら。私は恭平に会いたいからあの病棟に入院してるの。手術なんてしちゃったら会えなくなっちゃうじゃない」

さも当然というように窓の外の雪を眺めながらそう宣う舞に、悠貴は呆れたように溜息を吐く。

「嘘だろ、それ。お前嘘つくの下手だな」

「なっ……」

事も無げに告げられ、舞は狼狽えた。顔に熱が集まるのが自分でも分かる。思わず悠貴の顔を振り仰ぐと、彼は見透かすような瞳でこちらを見つめていた。

「はぁっ!? な、何なのよ! 嘘なんかついてないしっ!」

情けない。この反応ではまるで『嘘をついています』と自分で言っているようなものだ。悠貴はますます呆れ顔になる。

「ふん、まぁ俺も、お前のカルテ読んでなかったら騙されてたかもな」

「……どういう意味よ?」

悠貴の言葉に、舞は怪訝な表情で疑問を口にする。

「雨宮だよ。あいつの書いた看護記録の中にあったんだ。『手術が怖いのかと尋ねると、目を逸らし否定した』ってな」

本来、そういった根拠の薄い内容や主観的な表現をカルテに使うのはご法度だ。しかし雛子がこの記録を書いたのは大分入職初期の頃であるし、何とも彼女らしい、と悠貴は笑って見せた。

「あいつ、ぼーっとしているようで実は患者のことよく見てたりするんだよな。それで今注目してたけど、お前やっぱり明後日の方向見てたな」

「……」

(あのまな板女に?)

舞は、ぼんやりした雛子の顔を思い出す。

どん臭くて、いかにも仕事ができなさそうで、ステーションでは先輩看護師の誰かしらからしょっちゅう怒られている、あの雨宮雛子に。

「私、あんな子に見抜かれてたの……?」

その悔しそうな呟きに、悠貴は苦笑する。

「まぁ、雨宮もそこまで書いてたくせに嘘とは見抜けなかったみたいだな。騙されやすいというか、アセスメントが浅過ぎるというか」

そこが雛子のいい所ではあるが、と悠貴は付け加える。

「で? 何が怖くて、手術しないんだ?」

舞は歩みを止め、観念したように溜息をついた。そしてふと、手のひらに握られたままだった飴玉の存在を思い出す。



『勇気が出る飴だよ、お姉ちゃん』



少年の声を思い出し、思わず苦笑する。



「……死んだのよ。父親が」


舞はぽつりと呟いた。
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