白衣とブラックチョコレート

被害者

大型バスの横転とそれに伴う玉突き事故、そして巻き添えになった歩行者達でごった返した怒涛の大規模多重事故から一週間が経った。

多数の死傷者を出したこの事故は、今だ連日ワイドショーを賑わせていた。

「おはようございます、河西さん。体調はいかがですか?」

雛子はノックをして個室へと入室する。

諸悪の根源である大型バスに乗客として乗車していた河西清乃は、事件の重要な参考人として個室管理され、毎日入れ替わりで警察の事情聴取を受けていた。

「おはよう雨宮さん。今日は大分体調が良いわ」

河西は力なく、それでも小さく笑って見せてくれた。雛子にはそれが嬉しくもあり、痛ましくも思えた。

(良かった、のかな……。少しずつでも、こうして笑顔を見せてくれるようになって……)

事故の翌日から河西はすぐに警察の事情聴取を受ける事になり、その中で同乗していた恋人が亡くなっていたことが判明した。

最初こそ取り乱し泣き崩れていた河西だったが、やがて何か覚悟を決めたかのような表情で「彼の分まで頑張ります」と唇を噛み締める様子を、雛子は忘れることができない。

本当なら、未だ到底受け入れるなどできないだろう。

事故からまだ日が浅い。同じように事故で家族を失った雛子には、河西の気持ちが痛いほど分かった。

「早く足が治れば良いんだけど……」

河西は困ったように綺麗な柳眉を八の字に寄せて、自身の右大腿をそっと摩る。

「まだ手術したばかりですから……筋肉や靭帯も傷付いていたみたいですし、焦りは禁物です。一緒にリハビリ頑張りましょう?」

自分にできることなど何もないが、せめて少しでもパワーを送りたい気持ちを込め、雛子は河西の手を強く握る。

「……そうね、ありがとう」

一瞬驚いた顔をした河西だったが、すぐに微笑んで手を握り返してくれた。

その時、ノックの一つもなくいきなり部屋のドアが開かれた。何事かと振り返ると、そこには不潔そうな長い前髪に眼鏡の男────火野崎がヨレヨレの白衣で突っ立っていた。

つかつかと部屋に入ってきた火野崎は雛子の姿を認識した途端、それまで不機嫌そうだった顔に下品な笑みを浮かべた。

「包交車」

それだけ言うと、患者の面前だと言うのに臆することなくその手を雛子のワンピースの裾に伸ばす。

「はいっ! すぐ持ってきます!」

一週間前に恋人を亡くしたばかりの女性の前で何て無神経なセクハラをするんだ。無性に腹が立ち、雛子は伸ばされた手を払い除け部屋を飛び出す。

後ろから小さな舌打ちが聞こえた。






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