白衣とブラックチョコレート

出血多量

救急救命室、通称ERの待機室件休憩室にて、新人看護師の入山悠貴(いりやま ゆうき)は深い溜息を付きながら年季の入ったソファに凭れ掛かった。

「はぁ……こっちが死ぬかと思ったぁ……」

午前中に運ばれてきた、工事現場の作業員の姿が頭から離れない。

男性は高さ十メートルの高さから落下。下に置いてあった木材がクッションとなり一命は取り留めたものの、身体中至る所を損傷していた。

「ははは、まだまだだなぁ」

「あんなの見て飯なんか食えないっすよ……」

先輩看護師は笑いながらコンビニのカレーをかき込んでいる。しかし悠貴は、何ヶ所もの有り得ない場所から飛び出した骨と剥き出しの赤い肉、そして患者の苦痛に歪んだ顔を思い出すと、到底食欲など湧いてこないのだった。

「ついこの間、バスの横転事故で結構ヤバい症例たくさん見ただろ? そこで耐性付いたと思ってたけどな〜」

そう宣いながら呑気にスマホを弄っている先輩を後目に、悠貴は開封しかけたインスタントラーメンをテーブルに置いた。それとほぼ同時に、ERのホットラインが救急隊からの通電を告げる。

「はい、こちら火野崎大学東京病院ERです……」

カレーを頬張る先輩に代わり、悠貴は若干うんざりした様子で受話器を取る。

『救急隊より受け入れ要請です。そちらにかかりつけの二十五歳女性、大量出血で意識不明。受け入れ願います』

「あーっと……」

悠貴は返事に逡巡する。

大量出血で意識不明となれば、自ずとICUに入ることになる。ここにかかりつけということは、基本的には要請を受け入れるべきだろう。

しかし先日の大事故により逼迫していた現場は、ようやく僅かに落ち着き始めたところだ。ベッドの空きもスタッフのマンパワーも足りず、受け入れ可能かどうか判断が付かない。

悠貴が思案したのはそこまでだった。

『患者は篠原舞さん、そちらの耳鼻科にかかりつけです。恐らく咽頭オペ創からの出血のようです』

「えっ?」

『受け入れ可能ですか?』

篠原舞? あの、篠原舞か?

確認するすべはなく、悠貴は耳に受話器を押し当てたまま沈黙する。

「あ、はい、……はい、受け入れOKです」

判断に困っていると思われたのだろう。やっとカレーを飲み込んだ先輩が悠貴から受話器をもぎ取り、状況をメモしながら要請を受け入れる。

「これから来るから準備しとけよっ」

「は、はいっ……!」

軽い調子で肩を叩かれたことで、悠貴の中の時間が急速に動き出す。





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