今宵も甘く咲く ~愛蜜の贄人形~
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叶さんはとても居心地のいいひとだった。あたしが距離感を計らなくても、いつも程良いところに居てくれる。自分のことも話してくれて、あたしのことも訊いてくれる。

たいがい『そう言えば鈴さんは・・・』から始まって。柔らかなトーンで微笑み、返事は決して無理強いはしない。・・・オトナな人だと思った。

いつも包み込むような眼差しを返してくれた。歳が十歳上だからってことじゃなく。奥行きのある人だと・・・そう思って。

こっちの短大を受けて県外から来たこと、五人兄妹の二番目で、両親の負担を考え早くから自立したかったことを話した時のこと。普通の人は『偉いねー』とあたしに感心する。自分が、家族の為に“してあげてる”と思ったことは一度もないのに。

叶さんは。

「ご両親は鈴さんのような家族思いのお嬢さんを持って幸せでしょうね」

五人も子供がいて、暮らしが楽なはずもなかった両親への敬意を込めて言ってくれた。・・・あたしが言われて一番嬉しいことをこの人は分かってた。それがもっと嬉しかった。

ささやかな“嬉しい”が、過ごす時間の中に小さく積み重なりだして。閉店の時間になってアパートに帰るのが寂しく思えたり。もっと一緒にいたいと素直に感じたり。

でもあたしは。何も変わらないように接した。紙宝堂(しごと)の手伝いとして、叶さんはあたしを必要だと思ってるだけだから。

相手が誰でも思い遣れる人だ、このひとは。
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