気になるあの子はヤンキー(♂)だが、女装するとめっちゃタイプでグイグイくる!!!
第二十六章 真夏の夜の部

策士、ミハイル


 機嫌を少しなおしてくれたミハイルと、二人で混浴温泉へと向かう。
 大きな自動ドアが開くと、そこには別世界。
 温泉というよりは、ナイトプールに近い。

 外はもう真っ暗で、静かな別府の温泉街を一望できる展望スパが売りのようだ。
 上から下に向け、段が設けられていて、前に座っている人の背中を気にせず、夜景を楽しめる。
 どこからか、心地よい音楽が流れていて、水中は所々ライトラップされており、ランダムで光りの色が変わっていく。
 空を見上げれば、都会の博多とは違い、たくさんの星々が地図を描いている。
 なんて、きらびやかな世界なんだ。

 おまけに、左手には、高らかに立ち上る何本もの噴水が、踊るようにショーを繰り広げている。

 リキが言っていたことを思い出す。

『女ってのはさ。星空とか、夜景とか、非日常的な光景に弱いもんなのよ』

 確かに一理ある。

 これだけ、非日常的な光景を目の当たりにすれば、意中の女性を落とせそうな……妙な自信が湧いてくるってもんだ。
 その証拠に、辺りを見れば……。


「なぁ、いいじゃん」
「も~う、部屋まで待てないのぉ~」

 水着とはいえ、彼女の胸をまさぐる彼氏さん。
 だが、その彼女も笑っていて、抵抗しようとはしていない。
 
 そんなカップルばかりが、スパを貸し切り状態。

 クソがっ!?
 どこか、他でやれや!

 俺が歯を食いしばって、拳に力を入れていると、柔らかい指が力んだ腕をほぐす。
「タクト? どうしたの?」
 隣りに立っているこいつ。ミハイルは確かにカワイイ。
 だが、男の子なんだ!
「いや……ちょっとな」
「しょーせつのことでも、考えてたの?」
 下から上目遣いで、俺の顔色を伺う。
 腰をかがめているせいか、胸の谷間が露わになる。
 もう少しでトップが見えそうだ。

 クッ! だから、男モードのミハイルは苦手なんだ。
 防御力がなさすぎなんだよ。

「ま、まあな。この旅行も舞台として、いいかもな……。だが、今夜は取材対象が不在だからな」
 つい、ぼやいてしまう。
 そうだ。女装しているアンナとなら、デート気分を味わえたかもしれない。
「そ、そっかぁ……そうなんだ。ふーん、タクトって今、そんなこと考えてたんだ☆」
 なぜか一人、嬉しそうに頷くミハイル。
 あ、本人が目の前にいるのを忘れてた。

   ※

 俺とミハイルはさっそく、展望スパに入ってみる。
 水温は、思った以上に暖かい。というか、熱いぐらいだ。
 ちゃんと温泉なんだなと感じる。

 プールと同様、けっこう水深があったので、今度は溺れないように、俺はミハイルをおんぶしてあげた。

「うわぁ、キレイだなぁ☆ タクト!」
「あぁ、確かにこいつは、なかなか拝めないもんだな」

 思えば、一ツ橋高校に入学して色々なことがあった。
 ぼっちだった俺が、今では……後ろで、はしゃいでるコイツがいるからな。
 何もかもが、一変してしまった。
 生徒の中にはうるさいやつらもいる。だが、悪くない。

 と、人が感傷に浸っているのも束の間、俺の背中に柔肌がプニプニと当たってくる。
 ないはずの胸がなぜか気持ち良い。
 絶壁最高!

「タクト! あれ、なんていう星かな?」
 かなり興奮しているようで、グリグリと胸を頭にこすりつけてくる。
「あれか。オリオン座だな」
「すごいすごい!」
 俺も股間がすごいことになってるよ。

   ※

 少しのぼせた俺たちは、一度、スパから出た。
 事前にミハイルが用意してくれていた飲み物で、喉を潤そうと。

 スパの周りには、ビーチチェアがあったので、そこで寝そべって、乾杯することにした。

 俺はアイスコーヒー、ミハイルはいちごミルク。
「じゃ、タクト。かんぱ~い☆」
「ああ。乾杯」
 少しぬるくなってはいたが、火照った身体にはちょうど良い。
 一気にがぶがぶ飲んでしまった。

「んぐっ、んぐっ……ぷはっあ! ハァハァ……おいし☆」
 相変わらず、いやらしい飲み方するな、この人。

「でも、オレたち。本当にここまでやってこれたんだよね?」
 嬉しそうに瞳を輝かせる。
「ん、なんのことだ?」
「一ツ橋高校でちゃんと単位取れたこと☆」
「ああ……」
 天才の俺には、超普通というか論外な授業やレポートに試験だったが、おバカなミハイルには、かなり頑張ったということか。
「タクトのおかげだよ☆」
 はにかんで見せるその笑顔に、思わず、ドキッとしてしまう。

「いや、俺は別に。なにもしてないさ……」
 動揺を隠すように視線をそらす。
「そんなことないよ! タクトがいてくれたから、スクリーングもちゃんと来れたし、テストも頑張れたもん☆ ありがとなっ☆」
「う、うむ。まあ、来期も一緒に頑張るか……」
 男同士だってのに、なんだか小っ恥ずかしい。
 視線を戻すと、ミハイルは満面の笑顔でこう言う。
「ところでさ、リキのこと。いつから、マブダチになったの?」
 笑ってはいるが、声が冷えきっている。
 ヤベッ、まだ誤解されているよ。

「あ、あれはだな……」
 必死に弁解しようとするが、グイッとミハイルの小さな顔が近づいて来る。
 笑顔で。
「ねぇ。『スキ』ってどういうこと?」
 目が笑ってない。狂気だ。
「それは……俺に向けられたものではないんだ。実はここだけの話だが、リキは今片思いしているんだ」
「タクトに?」
 いつもはキラキラと輝いて、魅力的なグリーンアイズだが、今はとても暗く感じる。
 まるでブラックホール。恐怖でしかない。

「ミハイル、あのな……ちゃんと話を聞いてたか? リキは俺が好きなんじゃない。同じクラスメイトの女子に恋をしている」
 そこでようやく、彼の瞳が輝きを取り戻す。
「えぇ!? リキが女の子を好きになったの!?」
 めっちゃ驚いている。
 あいつだって、見た目おっさんだけど、俺たちと同じティーンエージャーなんだぞ。

 誤解が解けた瞬間、身を乗り出して、質問攻めが始まる。
「だれだれ!? リキが好きになった女の子って? オレが知っている子?」
 こいつって、けっこう恋バナ好きというか、意地悪いな。
「ほれ。あれを見てみろ」

 とある二人の男女を指差して見せる。

 少し離れたスパで、噴水ショーを楽しむハゲと、競泳水着を着た女子。

「あ、ひょっとして……ほのかが好きなの!?」
 ミハイルも予想外の相手に驚きを隠せないようだ。
「そういうことだ。アレのなにがいいのか、わからんが。俺に相談されてな……腐女子の攻略方法なんざ、俺は……」
 言いかけている最中で、ミハイルが俺の肩を掴んで、叫ぶ。
「さいっこうじゃん!」
「は?」
「あの二人、絶対くっつけようよ☆」
 めっちゃ楽しそう。拳を作って、ガッツポーズ決めちゃってさ。
 まだ、ほのかという、生態をちゃんと把握できてないのに。
「なんで、お前が乗り気なんだ。ミハイル?」
 ちょっと、冷めた目で彼を見つめる。
「だってさ。ちょー、おもしれぇじゃん☆ オレも応援してるよ、リキのこと☆ で、いつ告白すんの?」
 こいつ……人の恋愛だからって、楽しんでんな。

「さあな、今夜かもしれんし、明日かもしれんし、一生わからないな」
「ダメだゾ、タクト! マブダチの恋愛なんだから、ちゃんと本気になって、応援してあげなきゃ!」
 あんた、さっきまで、そのマブダチのことで怒ってたじゃん。
「いや、こればっかりは、本人たちの意思というか、相性の問題だろ……」
「ダメダメ! 力づくでもいいから、リキがほのかと結ばれないと、な☆」
 それって、犯罪だろ。
「あのな……」
 俺たちが、他人の恋バナで言い合っていると……。

 ドーンッ! と凄まじい轟音が鳴り響く。

 色とりどりの花火が、一斉に打ち上げられていく。

「すごい! 花火だ☆」
「そういえば、そうだったな」

 ドンッ! ドンッ! と次々に、大きな花火で夜空が明るく照らされていく。

 花火なんて、小学生の時以来だな。
 身体にまで響き渡るこの音さえ、心地よい。
「いいもんだな、たまには、旅行ってのも……」
 ふと、隣りのミハイルに話しかけてみたが、花火の音で聞こえてないようだ。

 彼と言えば、なにか考えごとをしているようで。
 小さな唇に人差し指を当てて、ブツブツと独り言を漏らしていた。

 途切れ途切れでしか、聞こえてこなかったが、なにやら変なことを口にしている。

「ふふっ、ほのか……と、リキをくっつけて……タクトの周りの……女たちは……全員消えて……」

 ファッ!?

 俺の視線に気がついた彼は、ニコッと笑って見せる。

「楽しいな、タクト。旅行ってさ☆」
「う、うん……とても」
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