「槙野だったら、何味にする?」
エピローグ
三月中旬。卒業式を迎えた。
校舎裏の花壇横に並ぶ桜の木。昼間はすっかり暖かくなり始めた日光を浴びて、キラキラときらめいている。まだ満開とは言えず、所々蕾を残す桜の花が、うすい桃色で愛らしい。

「ヤヨちゃん。」

「んー?」

「校門にも桜の木、あるよ。みんなもそっちの方に居ると思うよ。」

わざわざ校舎裏の桜を見に行こうと言ったヤヨちゃんに、声を掛ける。ヤヨちゃんは桜の木を見上げていた顔を僕に向けて微笑んだ。
 
「槙野と桜って言ったらこっちの方かなって。」

ヤヨちゃんは二人で話した文化祭の夜のことを言っているんだと思った。あの日は夜で、桜なんて全然咲く様な季節じゃなくて、蕾すらついていない木を眺めながら、とても大切な話をした。これからの人生にとって、大切な話を。
あの夜が無ければ、今こうしてヤヨちゃんや涼太の隣で卒業式を迎えられていなかったと思う。

「そう言えばさ。」

「うん?」

「槙野、高二の美術の時間に桜の絵、描いてたことあったよね?完成したやつ見てないかも。」

「自分でも見てないよ。」

ヤヨちゃんが一瞬きょとんとして、それから槙野らしいねって笑った。
春らしい暖かい風が吹いた。あの寒かった雪の日々とは違う、春の風は心地よくて、やさしくて、寂しい風だった。

左手で卒業証書の入った黒い筒を持ったヤヨちゃんが右手で手のひらを握ってくる。
そっと握り返して、それから強く、手を繋いだ。
温かくて指先は少しひんやりしていて、これがヤヨちゃんの本当の温度なんだと知った。
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