「槙野だったら、何味にする?」
自分の部屋。目の前には勉強机と数学のドリル。
八月十三日。終わった夏休みの宿題は中三の時に提出した物を丸写しした読書感想文と、小学生の時に近所のお姉さんと一緒にやった自由研究。色んな物質が水に沈む時の違いがどうとかってやつ。これももちろん、丸写し。
国語のドリルは開いてもいない。

両耳に付けていたイヤホンを外す。イヤホンで遮られていたから気づいていなかったけれど、蝉の大合唱に驚いた。窓を開けているのと閉め切っているのとでも音量にかなりの差がある。
今は閉め切っているから、開けたらどれくらいの大合唱が聞こえてくるのか…。開けるつもりは一切無い。

今日初めて開いた数学のドリルは一時間で三ページ進んだ。嫌々始めたにしては上出来だ。十一時から始めて、今は十二時をちょっと過ぎている。

「休憩しよーっと。」

誰も居ないのに、自分に宣言するように声を出す。もちろん返事なんて返ってこないから余計に虚しくなる。たった一時間で何度目かの息抜きに、スマホを手に取って、ロック画面をスワイプする。

「あ。」

トークアプリに通知を知らせる赤色のバッジが付いている。僕は慌ててアプリを起動させた。
やっぱり!相手はヤヨちゃんだ。「通話かけていい?」の文字。送ってきているのは十分前。ちょうど数学ドリルの三ページ目に取り掛かっていたところだ。僕はアプリを起動させる時よりももっと慌ててヤヨちゃんに通話をかけた。十分も待たせてしまっている。ヤヨちゃんの気が変わってしまっていたらどうしよう。

トークアプリ特有の呼び出し音が鳴る。心配していたけれど、ヤヨちゃんは五回目の呼び出し音で出た。
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