アディショナルタイム~転移門・皇子叙事~

王族の父と息子

「結論から言う。
マーシャ・ラジャ・スイランとの
婚約解消は、この後父親である
ザードからの抗議申し立ての席
で提案すれ ば受け入れられる」

執務室に
許可を得て入ると
僕は
彼女と同意の上で、
婚約解消をした事を
父である
帝弟将軍に告げた。

執務室での父は魔力は使わず
己が指に
かつて母が愛用した羽筆を
絡めて
交易のサインをしていた。

父の後ろには
ウーリウ衛星島が一望できる
出窓があり、
通常はスカイゲートである
衛星島の周りを
空中飛行艦や、
翼竜隊が旋回しているのが
見えが、

今は 未だ揺らめくランタン達だ

掛けられた
返事に安堵する僕に
畳み掛けて父は言う。

「しかしルウ、
解っているだろうが、政略的
重要な意味合いが深い婚約
である。本土宮廷に上がれば、
より所在ない事になろうぞ。」

僕と同じ銀月色の髪を長く
伸ばし、
僕と同じ金色の瞳で
見据えてくる父。

将来の伴侶とする
最上級魔力子女との
婚約の解消を
すれば、
魔窟で孤立無援になると、
父は
解りきっている貴族の事情を
敢えて
口にしたのだ。

「加えてだが、聖女の件も
どうするつもりなのだ?」

そして
目の前で、重厚な椅子に座る
衛星島の主とする顔も見せて
僕に忠告する。

「浄化と癒しの力を持つ聖女。
それは構わぬ。只、異世界から
来たと言うには疑念を覚える」

父の金色の瞳が細くなった。

アラリャス王子がほざいた
父が聖女と踊った情事などは
調査であって、
好意ではないという事。

「黒髪に黒き瞳の異世界者。
意図的にルウの興味を引く
者が裏に居ても不思議でない」

僕の母への思慕を
暗に言われれば
まるで、
何時までも子供染みた意識と
問われる様で、、

「父上は、、」

さっき
血が滲むほど握り締めた
手を震わせて、
僕は
は振り絞る。

そもそも、
父は正妃は空席にしたまま
側妃だけ3人置いている。

夫帯者を側妃には召し上げる
事が出来る事を逆手に取り、
尚且つ
自ら王子を腹から取り出した
この帝弟将軍は、
その神秘性を持ち出して
側妃達に己は
白き婚姻を結んだ。

「父上は、どうなのですか。」

要するに、
父は狡い。

僕達は同じ色を持つ目を
互いに見据える。
それでも、頭に浮かぶ燻る思い
全てをぶつけはしない。
そう
出来なかった。

父は
僕の母への純愛を

子宮聖紋と神の子とされる僕を
男の身体で孕んだ奇実という
二刀流で押し通し、

夫を持つ側妃を、
内外含めて
正妃が担う役職に
まんまとつけたのだ。

貴族の婚姻や、政略結婚の
極みを行き過ぎて
史実上、
個人の感情を飲み込んだであろう
歴代王族からは
きっと
恨まれるに違いない。

いっそ呪われろ。

真っ白な大理石の執務机を
挟んで僕は
父に、投げ掛ける。

「僕みたいな、魔力無しの興味を
引き、失墜させてたとしても、
何んら得る物など無いです。
父上の興味を得る方が、ずっと
策略的にも効果がありますよ」

口から出たのは
通り一変等な手法の1つ。

でも、
僕の台詞に父は、組んだ手の
1つを顎に当てて
思案する。

40を越えた年齢でも
美しい容姿の父だから
考えるまでも無いだろう?

「この私が、あんな少女をか?
止めてくれ。黒の髪と瞳が
好みだと?ルウの母の髪と瞳
が漆黒だった。それだけぞ。」

父は呆れたと
息を吐いて、執務椅子に
思い切り凭れた。
絡ませていた羽筆をパタリ
机に伏せさせて。

「そう思うのも父上だけです。
その気になれば、側妃達の娘を
父上に召し上げてはと、言い始
めますよ。本土の大公筋達は」

これは、
息子からの嫌みだ。

「ならば、解消したスイラン嬢
と婚姻を結ぶが、よほど良い。」

それを大人の余裕風を吹かせて
やり返してくる。

「むっ、、」

皮肉を含ませた父が
僕が言葉を失うのを見ながら、
執務椅子から立ち上がり
出窓を開けた。

頭を冷やせ。と。

にもかかわらず、
さらに頭に血が昇って僕は、

「息子の初恋の相手を、
娶る気は無いですよね?」

張り付けた笑顔で父に
それだけ告げた。

「初恋ではない。今もだろうが」

窓の外には
城下のランタンがまだ、
飛ばされている。
きっと
市井での宴は
これから宵の口まで
繰り広げられるのだろう。

その無数に上がる
成人の焔に照らされた出窓を
背中に

「父親を見くびるな。本気なら、
恥も外聞も捨てて取りに行け」

カフカス王帝領国
守りの要、
ウーリウ衛星島が将軍が言う。


貴方が、それを推すのか、、


「明日、本土に上がるのですよ。
もしかすれば1年も立たない
うちに、贄同様で出されるかも
しれぬ自分に、過分な、、、
その様な執着はいりません。」

慣れ親しんだ潮の香りが
窓から垂れ込んで
僕の心を冷やしていく。

『帝国の皇子を
勇者の旗印と成し、魔導の者
聖職の者と共に 封印の宮に
導きたまえ。もし、
叶わねば、国から魔叡智は
去り国土崩壊となるだろう。』

本土の大神官より出された
極秘の神託。

それに合わせて
皇帝の継承順位が入れ替え
られた
ことが意味するのは、

「魔力無しの王族が
この時ばかりに役立つと
都合のいい解釈に、とても
神託の結実など、
成されるとは思いません。」

体のいい国が為の供物だ。

「しかも、共連れに魔導の
者と在れば、間違いなく彼女も
強制同行させられるでしょう」

どんなに国で最も魔力がある
最年少魔導師という栄誉が
あっても、

上位貴族と平民以下の
『混血』だと
本土中枢は考える。

どこまで此の国は
辺境の民を蔑ろにするのだ。

『封印の宮には古来の闇がある』

一方通行の旅路となる。

「婚約は、解消します。」

僕は父にそう述べるしかない。


窓の外にはいつの間にか
冴えた月が出でて、
さすがに
ランタンの飛行は止んでいる。

代わって
久しぶりに下界の海に出た
漁猟の民達が
つかの間の網投げで
灯す
漁り火が遠く見えた。

「父上と同じですよ。
焦がれる彼女が、健やかに
暮らしてくれれば本望です。」

僕が護る上で
彼女が営んでいける世界を。
それが、隣に知らぬ男と居ても?
アラリャスだとしても?

想像するだけで、

渦巻く怨嗟のような
苛立ちを覚える。

『閣下!謁見の御時間に
ございます!執務の間へ!』

執務室のドアがノックされ
父の合図で
賓客の調整をしていた
宰相カハラが入ってくる。

途端に僕の
荒ぶる気持ちが蓋された。

『まず最初は、、
ザード・ラジャ・グラーフ
スイラン殿でございます。
ガルゥヲン皇子のスイラン嬢
へ婚約関係らしからぬ行為を
行った抗議にとの事です。 』

わざとらしく
僕の方を見て、謁見内容を
やれやれと、口にする
宰相を
冷めた表情で僕は見返す。

「すまない、カハラ殿。」

謝罪は、口にすれど、、

今更なんだよ。
もうこの婚約は無くなるから。


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