逃げて、恋して、捕まえた

再会 奏多side

シンガポールから突然の帰国命令で東京に帰ってきた俺にとって今日が初仕事の日で、さすがの俺もいくらかは緊張していた。
そもそも日本で暮らすこと自体が約10年ぶり。
中学卒業と同時に日本を離れた俺にとって懐かしいというより新しい場所で、珍しい物でも見るようにぼんやりと車窓を眺めていた。
こうやってみると、日本もシンガポールも変わらない。
あれだけ帰国を嫌がっていたくせに、いざ日本で暮らせば何の不自由も感じることはない。
きっと時間がたてば、俺もこの街に馴染んでいくんだろうな。


ちょうど信号待ちで、車が止まった。
さっきまでいたパーティー会場のホテルからそう離れていない駅前の路上で、もめている男女が目に入った。

これだけの人が行き交えばもめる人もいて当然。
決して珍しい光景ではないけれど、男が顔色一つ変えずに女性の髪の毛をつかんでいるのも異様だったし、つかまれている女性の顔に見覚えがあった。

「止めてください」
俺は運転席に声をかけ、車が静かに路肩に止まると同時に駆け出した。
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