3次元お断りな私の契約結婚
すべてのはじまり


 高杉杏奈(たかすぎあんな)。年は二十七。

 磨き抜かれた肌と爪、自信に溢れた表情と姿勢。

 仕事は一流会社の秘書課勤務。気難しいと噂さる会長や社長にも腕を認められる敏腕。

 女性なら誰しも憧れる才色兼備な彼女には、誰にも言えない秘密が一つだけあった。




「ああオーウェンかっこいい、最高だ、抱いてくれオーウェン」

 うっとりしながら画面を見つめる。そこにはキラキラ輝く金髪の男性がいる。いつだって甘い言葉を囁いてくれる世界で最高のお人だ。
 
 ため息を漏らしながら、心の中でつぶやく。

 これだ、これ。私の癒しはこれなのよ。二次元が一番、三次元の男なんて眼中にもない。

 アイドルだって俳優だって、そりゃかっこいいとは思う。でもスキャンダルだのなんだのって、結局いつかは幻滅させられる事が多々ある。この前だって、人気の若手俳優が未成年と飲酒してワイドショーが騒いでいた。

 その点オーウェンは決してスキャンダルなんて犯さない。いつだって王子様。

 高杉杏奈。年は二十七。

 二次元を愛するがゆえ三次元の男をまるで恋愛対象に見えず、彼氏ができることなくこの歳を迎える。

 最近の悩みは、両親が結婚はまだかと遠回しにチクチクしてくること。結婚? いやいや、オーウェンより素敵な男性なんて一生現れるはずがないじゃない。

 それでも一人娘の私に結婚をせっつく親の気持ちも分からないではない。こんな娘でごめんよと心の中で謝罪する。

 幸いにも仕事は順調で楽しい。このまま仕事とオーウェンのために生きていくことで、人生設計は完成していた。

 結婚だなんて、私には一生縁がないものだと思っていた。





「高杉杏奈さん。私と、結婚しませんか」

 お茶をさしだした瞬間、そんな声が聞こえてきて私の手は止まった。危うく熱々のほうじ茶をひっくり返すところだった。

 驚きで顔を上げる。目の前にいた男性は、涼しい顔をして笑っていた。

……はて、幻聴かな。昨日オーウェンのプロポーズのシーンを何度も見直したからかな。

「藤ヶ谷様、いまなんと?」

 私は営業スマイルを崩すことなく、彼に尋ねた。

 フカフカの高級ソファに腰掛けているこの人は私も知っている人だ。にこやかに笑いながら私の顔を見てくるその整った顔を見つめ返す。

 藤ヶ谷巧(ふじがやたくみ)藤ヶ谷巧。うちの会社にとっても大変重要な取引先の会社の副社長だ。仕事上、私は以前一度だけお会いしたことがある。

 年は確か一つ上の二十八。日本でも有名な藤ヶ谷グループの一人息子としてこの若さで副社長に君臨している。名だけではなく、その仕事の腕はかなりのものだと噂になっていた。3カ国語ペラペラらしい。

 さらには、そのビジュアルは文句の付け所のないレベルだった。いつでも乱れぬ黒髪に切長な瞳、高い鼻、見上げると首が疲れそうな高身長。彼をみると、神は二物を与えずという諺は嘘だと思ってしまうほど。ただ、その性格面はあまりいい噂を聞かないのだが……。

 雑誌などでも時折取り上げられるほどの有名人が本日、アポイントもなしに訪ねてきたときは慌てた。社長も会長も予定がぎっしりでお会いできないと断った。

「今日は、高杉さんに一つ提案があってきました」

 そんなことを言われては通さないわけにもいかず、応接室に案内しお茶を入れたところだ。正直、私はヘッドハンティングでもされるのかと思っていた。給料アップにでもなったらラッキー、会社変わっちゃおうかしらなんて頭の中で考えていたのだが。

 彼から飛び出した提案とやらが、想像だにしない内容だった。

「私と結婚しませんか、と提案したのです」

 さすがに営業スマイルも固まった。お茶を差し出したそのままの体制で硬直する。そんな私に反して、彼は余裕のある不敵な笑みを浮かべているだけだった。
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