あなたの隣を独り占めしたい(続編まで完結)
4.

未来は君のために(SIDE 恭弥)

 栞との付き合いに自分なりに答えを見つけた。
 思いがけず、自分の情けない部分や弱い部分も晒すことになり、ある意味以前よりも安定したような気がする。
 自分に合う女性など見つからないと思ったけれど、思ったよりも近い場所に栞はいた。

(何年も一緒の空間で過ごしていたのに、まるっきりこんな展開は予想できなかったな)

 こんなことを思いながらも、以前は何も意欲の持てなかった週末が楽しみになっている。
 それは、つまり栞と過ごす時間が仕事をしている時よりも充実しているということに他ならない。



「佐伯課長」

 昼休み。
 会社の廊下で名を呼ばれて振り返ると、そこには部下の坂田が立っていた。
 どこかすがるような視線を見て、ピンと勘が働く。

「仕事のことなら昼休憩が終わってからにしてくれないかな」
「いえ、仕事のことじゃないです」

 その場では話しにくいから別室でお願いしたいという。
 何を言いたいのか察しているのに話に乗るのは意味がないと思いつつ、これも身から出た錆だろうと思い、15分だけという約束で別室へ移動した。

「で、話って何?」

 わざと離れた場所に立ち、簡潔に要件を言ってほしいと告げると、坂田は少し意外そうに目を見開いた。

「佐伯課長、変わりましたね」
「そう? どこが」
「以前は来るもの拒まずっていう感じの空気だったのに。なんだか……今は他人を警戒してるみたい」

 言いながらこちらへ近づいてくると、体温が微かに伝わるくらいの距離で見上げる。
 濡れた黒い瞳は魅惑的で、この視線で何人の男を落としてきたのかと思わせる。

(この瞳は佳苗さんと同じだ。異性に対してだけ、猛烈な性的アピールをする瞳)

 数年前に坂田とは一度だけ関係を持ったのは忘れていない。
 それでも、あの時の俺にとっては彼女も通り過ぎる人間の一人にすぎず、坂田もそれがいいと望んだから罪悪感も抱いていなかった。

(こう考えると、俺も相当に最悪な生き方をしてきたんだな。佳苗さんのことを言えない)

「警戒しているわけじゃない。誤解を与えたくないだけだよ」
「……それって、誤解されたくない相手がいるってことですか?」
「そう思ってもらってもいい」

 俺としてはもう自分に対して”一晩相手にしてくれる男”という認識を捨てて欲しいという思いの方が強かったがそれは言わなかった。

(これ以上性的なアピールをするなってことなんだけどな)

 こんな俺の気持ちは通じていないのか、彼女はさらに距離を縮めてきた。
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