極上御曹司は懐妊秘書を娶りたい
夢ならばどれほど
 これが悪い夢であれば、どんなに良かっただろう。
 私はこちらに現実を突きつけてくる、手の中の『それ』を見下ろして頭を抱えた。目の前の事象を上手く飲み込めず、喉の辺りで不快感がわだかまる。私の懸念が事実であったことを証明するもの、――――『それ』は、はっきりと一本の線を刻む妊娠検査薬だった。
「は……」
 その線が出るということは、妊娠しているということに他ならない。
 事実をようやく飲み込めば、呼吸に失敗したような音が漏れ、唇が自然と吊り上がっていく。もういっそ笑うしかないのかもしれない。自分の身体のことなのによく分からなくて、一層笑えてくるのがおかしかった。
 夫どころか、今まで恋人すらいたことがない。そんな私が妊娠しているなんて、一体何の冗談だろう。それでもこの検査結果を間違いだと一蹴できないのは、ひとえに心当たりがあるからだ。妊娠するような、心当たりが。
「……どうしよう」
 どうしよう、どうしよう。同じ言葉がぐるぐると頭の中で回る。
 私が一番動揺しているのは、きっと検査結果それ自体のせいではない。
 ――――『心当たり』の相手が、問題なのだ。
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