極上御曹司は懐妊秘書を娶りたい
貴方の温度をもう一度知るの
「うん、順調ですね。再来週ぐらいには胎盤が完成して、赤ちゃんも麻田さんも一息つけると思いますよ」
「そうですか……! ありがとうございます」
 ある日、私は景光さんの家に行く前に、産婦人科の診察を受けていた。初診のときから私を診てくれている、歳の近い女性の先生が、エコーの器具を私のお腹に滑らせながらにこやかに笑う。こちらまで明るい気分になる彼女の笑顔に、私はほっと息をついた。
 妊娠から四ヶ月半ほどが経ち、私のお腹は微かに膨らみ始めている。ようやく目に見えて分かる変化が出てきたなと思うと、感慨深いような、変な感じだ。
 足のほうに置かれたディスプレイには、白黒のエコー写真が写っている。赤ちゃんはだいぶ万人が思う『赤ちゃん』の形になってきていて、顔の輪郭もぼんやりと確認できた。
 この子が、ここにいるんだ。そう思いながらそっとお腹に手を当てていると、先生が器具を片付けながらこちらを振り返った。
「この時期になるとつわりも収まってくるはずなんですが、どうですか?」
「はい。まだ何でも食べられる、って感じじゃないんですけど……料理はできるようになってきました」
「良かったですね! お料理したい、ってずっと仰ってましたもんね」
 先生は、パートナーなしで産婦人科に通い続ける私に事情を聞くことなく、明るく接し続けてくれている。料理がどうしてもしたいのだと駄々を捏ねたときだって、『鼻を摘まんだらいけるかもしれないですね』なんてお医者さんらしからぬアドバイスで、思い詰めていた私を笑わせてくれたのだ。
 まあ、結局その案は景光さんに却下され、私は掃除の外に、彼のために食後の紅茶を淹れるという別の仕事を賜る羽目になったのだけれど。
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