極上御曹司は懐妊秘書を娶りたい
君なしではいられなくなる絶望
 そうして始まった彼女の、――――紗世のハウスキーパー業務は、俺に思った以上の変化をもたらした。仕事の調子や効率が右肩上がりで、月村には気味悪がられるぐらいだ。
「本当、怖いぐらいなんだけど……これも紗世ちゃんのおかげってこと?」
「そうかもな」
 家に帰ったら、愛する女性がいる。たとえまだ心が通じ合っていなくとも、そんな光景は俺の心を浮つかせるには充分すぎた。
 会社で見る秘書としての顔と違って、ハウスキーパーの彼女はほんの少し表情の造りが緩く、柔らかだ。俺が距離を詰めるたびに恥ずかしそうにしたり、少し困った顔を作ってみせたりするのが可愛らしく、愛おしさばかりが募っていった。
 それに、紗世の料理が食べられるのはもちろん、彼女の体調を自分の目で確認できるのも、すぐに助けられる距離にいるのも悪くない。実際に紗世がつわりで動けなくなったところを何度か見たが、彼女が独りきりのときにこうなっていたらと思うと、ぞっとする。
 彼女を囲い込みたいのも本心だが、――――健やかに過ごして、無事に子どもを産んでほしいのも、また紛れもない本心なのだ。
「ああ、紗世ちゃんったら何でこんなのに捕まっちゃったのかしら……」
「自分のところの社長を捕まえて、『こんなの』はないだろう」
 大袈裟に嘆いてみせる月村は、俺の返しにわざとらしく肩を竦めた。大方、気に入りの後輩を俺に持っていかれて面白くないのだろう。
 月村は俺にとって腐れ縁の幼馴染であり、仕事上ではいついかなるときでも忌憚のない意見をくれる頼もしいパートナーだが、プライベートのこととなると遠慮容赦のなさが頭痛の種になるタイプだ。俺の紗世に向ける想いと、俺が現在紗世をハウスキーパーとして囲っていることを知る、唯一の人間でもある。
 彼女は俺のデスクに淹れたてのコーヒーのカップを置くと、代わりに手元から書類を攫っていった。
「囲い込みなんて最低だと思うわよ」
< 60 / 76 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop