2章・めざせ転移門~異世界令嬢は神隠しに会う。

マイケルがみた奴隷紋

『いつかマイケルにも、この
ウーリウ藩島と外周国との戦い
を話してやろう。今は
ヤオの親のことだな。他国で
魔力を持つ者で貧しき者は、
大抵が奴隷として生きる流れに
なってしまう様に、彼等も
同様の生い立ちだっただろう』

降りしきる雨の中、

ギルドの雨フードを着て
ヤオの手を引くマイケルは、
元は英雄であり
今はギルドの長を務めるラジの
言葉を噛みしめる。

今のマイケルにとって
ヤオの両親は毒親に他ならない。
だが、

「全く理解出来ないって、
思えたらもっと 楽なのに
あんな話をきいちゃうとね。」

異世界には異世界なりの
事情があるのだと
マイケルが やるせなさを感じた
ラジとの話は
マイケルの中で何かの考えを
もたらした。

『彼等が体の一部を失くして
いるのは、拘束の術が施された、
奴隷紋を体から切り離して脱獄
したからだ。本来彼等は名も持
たない存在でもある。脱獄の後
に自ら名を付けたのだろうな。』

ヤオを人買いから連れ出した
あの日の夜。
マイケルはギルドの長に、
ラジに、抗議した。

なぜ、元英雄はヤオを助けない
のかと。
マイケルとて事情があるとは
予想していた。
それでも。


『脱獄した魔力持ちの奴隷は、
奴隷制度を認めない国に逃げ
る。だからと言って保護される
訳ではない。不介入の姿勢を
取っているだけなのは、脱獄奴
隷による戦争を回避する為だ』

元世界でも
難民の問題は確かに
あった。

だからまだ、
このカフカス王領国は
魔力持ちを自国の子孫と
位置づけて
強制送還をしないだけ
いいのかもしれない。
でも、とマイケルは
ラジに詰める。

ヤオの両親を表だって、
保護しないのはわかった。
なら、
ヤオがどうして
売りに出される 事態になるのか?
逃げた両親が未だに
貧しいのは何故か?

「ヤオ、ルルがスコーンをくれた
から、川についたら食べよう」

マイケルが言うと
ヤオが雨フードの中から
あどけない笑顔を見せる。

『厄介なのは、奴隷紋だろう。
一度身体に刻まれると、
その部分を離さない限り拘束術
をかける。切り離すと、治癒魔
法を施すには大量の魔力が必要
になり、切り口からは
魔力が四六時中流れる出る故に
体力消耗激しく労働出来ない』

ラジの答えは、
幾重にも脱獄奴隷の行く末の
厳しさをマイケルに
示した。

『更に流れ出る魔力が奴隷の形跡
を術者に知らせる。脱獄して
も 居場所を知られ、戻される。
その抵抗が、我が子を身代わり
に奴隷商に渡す事につながる』

喩え脱獄しても欠損した身体を
維持するのも儘ならない上、
追跡され、
搾取を余儀なくされる
それでも
逃亡する程の奴隷制度が

藩島を出れば未だ
日常にある。

あれからラジの話が
いつも
マイケルが行き詰まると
ループして頭に響くように
なった。

『ロイとラネも一緒だ。ヤオの
後は残る乳飲み子も出される』

ラジの話を聞いてから、
ヤオの両親と対峙した時に
マイケルは
いつからか感じる様に
なった視線の意味を
知った。

ロイとラネが
魔力無しの放浪者という
自分達よりも劣る立場に
初めて出会い

薄暗い優越感を持っている
事に。

元世界では華僑の令嬢として
何不自由失く生きてきた
マイケルに、とって
その視線は
驚愕だった。

哀しい。
どこまでも 哀しく、
やり場ない悔しさは

マイケルが受ける境遇に
彼等のがんじがらめの状態を
全部突っ込まれたような

苦しさだと

握るヤオの手を強めた。

「ヤオ、川はこっちでいいんだよ
ね?出来たら魚がたくさんいて
る場所に行きたいんだよね。」

集落から程なくすると、
山間に幾つか小河や池がある。

雨で水嵩が増していれば
増えた土壌の生き物を餌に
魚や、うなぎみたいなモノが
岸から捕りやすい。

長雨になり唯一良かった事。
それは
海に入れない間の食糧としての
果実を
ヤオの能力『遠見』で
良く採れる様になったのだ。

空腹からくる必死さ故に。

開花したヤオの能力は
まだ5才にして本物だと
マイケルは
直感した。


「マイケルしゃん、お魚いるの。
川いっぱいなの!みえないの」

ヤオが雨に打たれたながらも
ちっちゃな両手を広げる。

「お魚いるんだね。それは、
長いのかな?どんなお魚かな」

「わからない!いっぱいなの!」

ヤオが示す方向は、
もともとマイケルが当たりを
つけていた川。

『うなぎもどき』ならラッキー
ぐらいに思って、
マイケルは川縁にまでヤオと
やってきて覗き込んだ。

水嵩が増しているのか、
川がうねりを挙げるように
膨張して見える。
マイケルは目を見張った。

「え、あれ、水じゃない?何?
全部、さかな?なに?へび?」

川を昇る半透明の
バカ長い生き物が
川幅一杯溢れんばかりに
無数に泳いで
飛沫をあげる!!

「ざっと見て3米は、あるこれ
『皇带鱼』じゃない!?って!
どんだけの群れ?深海魚が?」

マイケルは、ヤオの手を引いて
急いで川縁に降りる。

間違いなく
赤い長い髭をもつ魚は
マイケルがよく知る
『皇带鱼』リュウグウノツカイ。

「うなぎじゃなかったか!てか
ヤバい!こんなに大きいと捕る
のに、体持っていかれるなあ。
ヤオ!誰か他に呼ぼうか?!」

「マイケルしゃん?なにもいない
川になにもいないよ?」

「え?!いっぱい白っぽい長くて
大きい魚いてるよ?こんなに」

「いない。いないのいっぱい?」

「え?!見えてないのヤオ!
なに!あたしだけなの?
ちょっと待って!幻覚?!
そだ!、さ、さわってみよ!」

マイケルは意を決して、
昇る群れの一匹を手で掴んだ!

塗るっとした感触が
確かに水の中にある!!
思い切ってそのまま引き揚げた!

「やっぱりいるって!!ほら」

びちびちと抵抗する感触を 掌に
マイケルは掴んだ魚を
力任せに
丘に上げた。

「キャーマイケルしゃん?!
ながいの お魚でてきた!!」

「え?!見えるの?」

「マイケルしゃん もったら
お魚でた!しゅごいね!!」

「??!!!」

< 26 / 43 >

この作品をシェア

pagetop