《渉》


伊織と肌を重ねて、あの頃とは違う心の奥底まで満たされた感覚で。

素肌が触れるだけで、身体を繋げただけで。

お互いの体温も汗も、何もかもが馴染む感覚も全て。

それなりに経験してきた今だから、伊織じゃないと無理だと想わされて。


はじめて一緒に迎えた朝ーーーキッチンからトントンって音で目が覚めて。

そこに立つのが伊織で、その姿を独り占めしたいなんて思ったのもはじめてで。

抱き付いて、おはよ、と交わしたキス。

おばちゃんの味とポロっと溢すと嬉しそうでーーまた作ってよ、と顔を覗き込んで笑顔になっていて。

うん、って頷いた笑顔も可愛くて可愛くて、手は無意識に伊織の頭を撫でていた。

あの頃からの癖なのか、伊織の頭を撫でる時は髪を梳かすように撫でてるんだよな。


行って来ます、と飛び付くように抱き付いた伊織を抱き止めてーー行ってらっしゃい、とチュッと唇を重ねて見送った後ーー。

俺も、まだ僅かに残っていた片付けをして下宿先への帰路に着いた。



丁度、引き戸の扉を開けて出て来た好美と出会して。


「おはよ。珍しくーー朝帰り?」


「おはよ……見りゃわかんだろ。おまえは……仕事?」


「仕事だよ……行って来ます」


「行ってらっしゃい」


肩をポンっと好美に叩かれて、同じように叩き返す。

まるで恋人のように触れ合って出掛けの挨拶をしていた、つい最近までとは違うルームシェアの友達のような感じ。

好美とは、やはり………こんな感じがしっくりくる気がする。

千枝子さんにも、珍しい朝帰りに軽くからかわれ……用意してくれた昼御飯を一緒に食べる羽目になった……