社長はお隣の幼馴染を溺愛している
「それに近いです。人事部に聞いた話によると、秘書課への異動願いを申し出た女子社員も多かったらしいですし」

 秘書課なら、同じフロアにあり、社食も同じ。
 確かに一般社員より、役員のそばにいられるだろうけど、さすがに異動まで考えるとは、思いも寄らなかった。

「そこまで人気だったなんて、知らなかったわ。それはすごいわね」
「さすがね……」

 要人を知っている恵衣でさえ、驚いていた。
 またひとつ、要人の武勇伝ができてしまったようだ。
 ため息をつきつつ、ネギタン塩を焼こうと、皿に手をのばした瞬間、恵衣が私を呼ぶ。

「し、志茉! ちょっと、志茉!」
「なに? 少し待ってよ。今、ネギタン塩焼いてから――」
「帰るぞ」
「えっ……?」

 あまりの衝撃に、ネギタン塩の大事な部分、ネギが落ちた。
 低い声がしたほうを見ると、そこには前髪を上げ、サングラスに黒いシャツ、チェーンネックレスに高そうな腕時計……どこのヤクザですか?
 ――違う、ヤクザじゃない!

「かっ……かな……」

 名前を呼びそうになり、慌てて自分の手で口を塞いだ。

「志茉の門限は八時なので、連れて帰ります」

 要人はそう言って、テーブルに何枚か一万円札を置いた。
 お金も気になったけど、それ以上に気になったのは、夜八時の門限だ。
 いつ、そんな門限ができたのか。
 そもそも門限なんて、存在しない。
 要人に圧倒され、誰も言葉を発せず、ぽかんとしていた。
 それを無視し、要人は私からネギタン塩の皿を奪うと、腕を掴み、引きずるようにして、その場から連れ去ったのだった――
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