純愛
ピン…ポーン…

間延びした様なインターホンの音が、リビングに鳴った。父さんは今日も朝から仕事だし、母さんは昨日の夏祭りの片付けが少し残っているからと、昼前に家を出ていた。
宿題をしようかとリビングまで持ってきていた作文用紙と、あの日カンナと行った図書館でそのまま借りてきていた小説。もう少しで読み終えるところにインターホンが鳴って、珍しく集中していた俺の脳みそが、一気に現実に引き戻された。

玄関に行く前に、リビングの出窓から外を見る。玄関の前につばきが立っている。つばきは制服を着ていた。赤いリボンは結んでいない。手に透明な箱の様な物を持っている。中に濁った何かが入っている様に見えるけれど、つばきが両手で抱えているし、角度的にあまり見えない。
なんで制服でそんな物を持っているのだろう。

不思議に思いながら、玄関まで行ってドアを開けた。

「遅いよ。」

俺と顔を合わせる時、つばきは大抵不貞腐れている。自分だって家から出てくる時は遅いくせに。遊びの時は誰よりも早いけれど。

「何で制服?」

用件を訊くより先に、制服を着ているワケを訊いた。結局それが、用件に繋がるんだけど。

「お葬式だから。」

つばきは真顔で言った。

「お葬式?」

「そう。喪服なんて持ってないから、制服にしたの。ちゃんと色物は外したよ。」

そう言ってつばきは胸の辺りをトン、と指した。それで赤いリボンは結んでいないのか、と変なところで納得してしまった。

そんなことより、この田舎町は、お葬式があるならほとんどの町民はそれを知っている。つばきが参加する様なお葬式なら、うちの親だってカンナの親だって参加するだろうし、俺も知っていたはずだ。でも、誰も知らない。

「誰の?」

訊いた俺の目の前に、つばきは持っていた透明の箱を持ってきた。アクリル製の箱みたいだった。蓋は無い。中に水が入っていて、砂みたいな色に濁っている。その中にチラッと見えた、赤い色。
金魚だ。
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