離婚するはずが、極上社長はお見合い妻に滾る愛を貫く
第一章 離婚しましょう

第一章 離婚しましょう

「離婚しましょう」

 まさか自分からこのセリフを言うことになるなんて、結婚した時は思ってもいなかった。

 まっすぐに慶次(けいじ)さんの顔を見つめる。さすがの彼も動揺しているのか、一瞬目を見開いて眉間にしわを寄せた。しかし変化があったのはそれだけだ。

 なんだ……こんな時でも冷静なのね。わたしにとっては一世一代の決意だけど。

 もう少し驚いたり、取り乱したりしてくれてもいいのに。それほどの価値もないのだと言われているようで、気持ちがかき乱される。

 しかしこんなことで動揺するわけにはいかない。わたしは彼との別れをやりとげないといけないのだ。

 高級ホテルのレストラン。豪華なディナーを終え、わたしの誕生日を祝う
【Happy Birthday】と書かれたデザートプレートが目の前にある。綺麗に盛りつけられたジェラートはすでに溶け始めていた。

 けれどわたしは、しっかりと慶次さんを見つめる。

 深呼吸して気持ちを落ち着かせた。口を開きかけて閉じる。それを何度か繰り返して、もう一度自分の気持ちをしっかりと伝えた。

「今までお世話になりました。離婚してください」

 周囲のざわめきが一切聞こえなくなる。その代わりにわたしの神経が慶次さんだけに集中する。

 離婚を決心してから、今日まで何度もこの時を想像した。彼はいったいどういう表情をするのか、そしてなんと言うのか。

 色々なパターンを考え、耐性をつけてきたつもりだ。けれど今となっては、そんなイメージトレーニングは無駄だった。なにも考えられず、ただ彼の一挙手一投足をジッと見守る。

 ほんの数秒だったが、沈黙に耐えられずに彼から目を逸らした瞬間――。

「わかった」

 彼が短い返事をした。

 わたしは溶けていくジェラートを見つめながら、彼の言葉を脳内で繰り返す。

 たったひと言で終わらせることができる関係。短い結婚生活だったけれど、あっけないものだなとむなしくなると同時に、悲しみから胸が苦しくなる。

 そうしてわたしたち小田嶋和歌(おだじまわか)と小田嶋慶次の二年足らずの結婚生活は、終わりへと向かうことになった。
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