シングルマザー・イン・NYC
「あの時はほんと、びっくりしたなあ」

タクシーで隣に座る篠田さんが笑った。

季節は過ぎ、9月も終わろうとしている。
今日は以前から約束していた、オペラに行く日だ。

「まさか米国人の、しかも男と住んでるなんて思ってもみなかったから」

あの日、一瞬だけ戸惑った様子を見せた篠田さんは、私たちの部屋に入ってからは、いつものように感じよく、そつなく、アレックスを交えて三人で世間話をした。

そしてコーヒーを一杯飲み終えると、「じゃあ、これで。アレックス、コーヒーごちそうさま」と部屋を後にした。

「黙っててすみません」

「いいよ。俺がきかなかったんだし。それにアレックスは美容室の同僚だし、気が合うんだろ。見てて分かるよ。優しいしいい人だよね」

「はい」

そうは言っても、篠田さんはアレックスを意識している様子だった。
あれから二回、美容室にきたが、ふとした時にアレックスを目で追っているのに私は気付いた。

「アレックスはゲイなの」――そう伝えれば、篠田さんは余計な心配をせずに済んだとは思う。
でもプライベートなことだし、アレックスの秘密を暴露するような気がして(本人はいたって隠すつもりはない様子だが)、言えなかったのだ。

でも、篠田さんがアレックスのことで気をもむのは、もうおしまい。
だって私は今夜、篠田さんのものになるのだから。

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