シングルマザー・イン・NYC
「きれいな髪ですね。どのようにいたしましょうか」

彼女の艶やかな髪をとかしながら、私はきいた。

「セットを。アップにして一つにまとめてください」

「承りました。前髪は、このあたりで分けますか?」

そっと、櫛を入れる。

「ええ。お願いします」

それから彼女は、じいっと、鏡の中から私の一挙一動を見つめていた。

いつもなら世間話をふるところだけど、妙な迫力に押され、私は黙々と髪を整えていった。
そして二十分ほど経ち、きれいに結い上げた髪に仕上げのスプレーを施した直後。

「斉藤さん」

それまで黙っていた彼女が口を開いた。

「はい?」

「あなた、少し前に日本の週刊誌に載ってたわよね」

見られたのか。でも名前は載っていなかったはずだけれど。

返事に困っていると、彼女は続けた。

「樹と別れてくれない? 彼、私の婚約者なの」

え……? 今、なんて……?

私は櫛を落とし、慌てて拾った。

そして周囲を見て思った。
日本人美容師は三人とも離れた場所にいる。
両隣の席でカットしているのが、米国人美容師で良かった。

「あの……お客様」

西宮葵(にしみやあおい)よ」

「西宮様、ここでそのようなお話は」

自分の声が震えているのがわかった。

西宮さんが婚約者? 

篠田さんの? 

いったいこの人は何を言っているのだろう。
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