「これはどうゆう事ですか!!男性教師がここは支払って頂かないと私達女性教師は困りますよ!!ここはレディーファーストのはずでしょう!!」





そう、ヒステリックに叫ぶこの女性。宮本奏多(みやもとかなた)教頭。肝心の、内藤龍馬(ないとうりゅうま)校長は、宮本教頭の陰に隠れる。同じ男性なのに、上の立場を利用してズルイ。






ここは、高い居酒屋。どうして、この居酒屋を今夜の飲み会にしたのか、よく分かった。自分達女性教師達は、お金を払わず、男性教師達にお金を払わさせようという作戦だったのか。いわゆる、フェミニストとかいう思考の凝り固まった人達が仕込んだのか。



今は夜中だから、周りのお客さんは沢山いる。だけど、あまりにも宮本教頭が大声を出したせいで、多くのお客さんがこっちを見ている。悪目立ちだ。




肝心の男性教師達はというと、払うのがすごく嫌なのだろう。後ろへ後ずさって、逃げようとしている。そんな逃げ出したい気持ちになるように仕向ける悪魔はとうとう牙を剥く。



「坂本先生……どうにか払ってもらえませんかね?」




坂本斗真(さかもと とうま)。坂本と言われる教師は僕しかいない。坂本と呼ばれた瞬間、僕は背筋がピキッと凍りつく。宮本教頭、これだから僕はこの人が嫌いなんだ。




宮本教頭は僕が一番人に頼まれたら、断れない性格を知っている。あの目は、獲物を捕らえた化け物の目だ。赤いメガネをした眼球がそう物語っている。断れば何を言いだすかわからない。僕が学校からハブられるかもしれないからだ。どんな事を考えているかわからないのが宮本教頭。




「……分かりました。皆さんの分払いますよ。男性教師の方々は自分達でお願いできますかね?」



僕は嫌々ながらも、レジへ向かう。処刑台とも思えるこの状況。またこの人はこの手を使って、僕に高額の金額を払わさせようとするのだろう。これは宿命なんだろうか。





「坂本先生、何してるんですか?」



空気を読まない、すごく陽気な声が聞こえてきた。その場にいる教師全員その場を振り向く。僕もその場を振り向くと、そこにいたのは神楽香(かぐらこう)先生だった。




神楽先生は、女子生徒に人気爆発中のイケメン教師。あらゆる女の子を手にかけては、子犬のように大人しくなるような魔法でも持っているなんて言われている。少しナルシストな所もあるけれど、これでも僕の後輩であるというのは、僕自身でもビックリ。




どこか遊び人を思わせるような、そんな雰囲気の人だ。そんな人が呑気に登場するものだから、その場にいる教師達全員固まる。



「すみませんね。僕お手洗いに行ってたものだから……今どうゆう状況です?」




神楽先生の言葉に反応するように、すぐに隣にいた教師……たしか名前は川崎隼人(かわさきはやと)という名前。川崎先生はそっと耳打ち。数分後、神楽先生は「そうゆう事ですか」と一言。そして彼はこう言った。




「じゃあ、僕と坂本先生とで出しましょう」





普通だったら、誰も手を出したがらないこの状況。どうしてこの人は僕に手を差し出してくれたのか。男性教師陣みなどよめきが走る。




「え……あぁ、そうなのね。へ、へぇ。じゃあ、お言葉に甘えようかしら」




予想外の展開に、ビックリしている宮本教頭。本当に僕に払わさせるつもりだったんだ。




そんなこんなで、僕と神楽先生二人でお会計へ。やはりみんなの分を二人分で払うとなっても、高いものは高かった。……はぁ、もう懲り懲りだな。



でも、軽傷で済んだのは良かった。神楽先生にお礼を言わなければ。




「神楽先生、あの、さっきはありがとうございます。お詫びとかはどうーー」




「お詫びねぇ……」




神楽先生は僕の言葉を遮るように、被せてきた。そして気まずい空気が流れた数分後。



「じゃあ、僕と一緒にもう一軒まわってくれないかな?お詫びって事で」




神楽先生の後ろをふと見ると、さっき神楽先生の耳打ちをしていた先生、川崎先生がそこに。



「ま、まさか僕の奢りとかではーー」




「違うよ、坂本先輩。みんなお金ちゃんと払うから。僕が保証するよ。ね。川崎」



川崎と呼ばれた先生は、「そうっすよ。そんなにかしこまらなくてもいいっすよ」と言った。川崎先生は見た目はなんだか体育会系だな……それに若い。新しい先生だろう。神楽先生にタメ口をしているって事は同期か?



「という事で、僕のオススメの居酒屋に案内するよ。あ、お金はちゃんと激安の所にするから、安心してね」




そうして僕と神楽先生の交流が始まる事となるのだ。



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しばらく歩いた繁華街。オレンジ色の光が飛び交う、怪しげな街。




「ここだよ。激安焼き鳥店」




そう指差した先、看板を見ると「力」と書かれた看板があった。力強い書道の字がとても、店の雰囲気に合っていた。ここはちょっとした有名店らしく、客の入りがとても多い。




「烏龍茶三つ。あと焼き鳥全種類セット三つお願いします」




早速、畳の座席に案内された僕達はメーニューを頼んでもらった。「みんな同じもので良いよね」と言ったから、潔くそれに乗ることに。




「それにしても、神楽は凄いっすね。あんな化け物を相手に、潔く周り気にせず行動できるんすから」





「そんなこと言わないよ。川崎。相手は女性なんだから」





「えー、そうすっか?あんなの女性という皮を被った化け物じゃないすっか」




「本当に君は懲りないなー。目上の人の悪口ばかり叩いていると、いつかとんでもないことになってしまうよ?」




僕達の前に、店員さんが焼き鳥全種類セットと烏龍茶を三つ出してきた。美味しそうだ。匂いからも、相当な濃い味付けなんだろう。




僕は、鶏皮を食べる。塩気の効いた皮が、噛めば噛むほど滲み出てくるようだ。これは美味しい。リピート確定かも。




「ところで、神楽」




「なんだい。川崎」




神楽先生は、焼き鳥ではないが、豚バラを手に取り、それを一口食べる。一口食べるその姿は、とても優雅だ。流れる切れ目、端正な唇、筋が通った鼻筋。同じ男性でも息を飲む。





「恋人の女子高生って今どんな感じっなんすか?」




僕は飲んでいた烏龍茶を吹き出しそうに。危ない、危ない。喉に押し込めていた鶏皮が出るところだった。




「ちょっと、大丈夫かい?」




「っけほ。っけほ。だ、大丈夫です」



僕はまた烏龍茶を飲み干し、落ち着ける。



「ビックリしたっすー。でも、驚くのも無理ないっすね。なんせ神楽は結婚して奥さんもいるんすから」



そう、僕が驚いたのはそこだった。神楽先生は、結婚しているのだ。お相手は同じ女性教師だと聞いたことがある。学校は別々らしい。凄く愛妻家で、幸せな家庭だと聞いた。それなのに、愛人?しかもそれは、女子高生?この学校の?





「えっと……なんと言えばいいか。うん。坂本先輩になら、大丈夫か」




何を決心したのか、神楽先生は僕に答えた。




「僕、この学校の女子生徒と不倫してるんですよ」




サラリと流しいうものだから、しばらく沈黙が流れる。烏龍茶の氷がカランと涼んだ音色を流した。



「え……それって」




「やりますよねー神楽も。俺も最初大丈夫かなんて思ってたんすけど、びっくりするほどバレてないんすよねー。これが」




「えっ……えぇ!?」




あまりの衝撃に、頭がついていけない。それは、禁忌じゃないか!!




「まぁ、まぁ。坂本先輩。そう驚かないで、驚かないで。あんなの遊びに決まってるからさ」





目の前にいる、神楽先生はとんでもない男だったのだ。女子の前では甘い顔をして、食い物にするような、そんな危ない人。そんな人が教師だなんて。あぁ……頭が痛い。悪い夢でも見ているのだろうか。




「プレイボーイっすよねー。神楽も。どうしたら、そんな女の子捕まえられるのか」




「君もまんざらでもなの?」





「やめてくださいよー。変な感じで俺が見られるじゃないすかぁー。坂本先輩に」




一体、二人は何を言っているんだろう。二人で楽しそうにこんな話題を話しているって事は、こんな話を日常茶飯事やっているってことか?頭おかしい……。




「ところで、坂本先輩」



「え……なんですか?神楽先生?」



必死に帰ろうとしていた僕を捕まえるように、質問をしてきた。これは、「聞いたからには逃がさない」という目をしている。わぁ……変な人に絡んじゃったなぁー。やっぱり、黙って帰るべきだった。




「坂本先輩は、永遠の愛って信じますか?」



「え?」



真剣な眼差しで、僕に向かって問いかける神楽先生。永遠の愛……。




「僕は……」




僕は、どう答えていいのか分からない。言葉が喉まで出かかっているのに、つっかえて、上手いこと言葉にできなかった。……何故なら、僕の妻は。





「僕は無いと思うね」



ぴしゃりと、神楽先生が言った。迷いがないのか、変わらず呑気に豚バラを食べる。焼肉の焼ける音が、一層際立って周りの空気を焼き尽くす。




「ど、どうして?」




「どうしてって、そりゃー、人間、一人の人間だけじゃ飽きちゃうように出来てるからだよ。それに、歳をとれば人間魅力的じゃなくなっちゃうからね」




うわぁ……クズが考えそうな事だ。自分だって衰える身なのに。女性がそれで納得するわけがないだろ。しかも、教師が。




なんだか、見てはいけない闇をのぞいているみたいで、凄くこの場に居づらい。帰りたいなぁ……。



「でも、俺はそうとは思わないすっけどね」



口を開いたのは、川崎先生だった。彼は淡々とした口調で、豚バラ肉の串を神楽先生へ向けながら言った。




「人間長年一緒に結婚したら、屋根の下で暮らすとは決まっている。けど、一瞬一秒もずっといる訳じゃないじゃないすか。それに魅力っていっても、衰えた後でもちゃんと残ってると思うんですよね」




確かにそうだ。人間友達でも、恋人でも、一瞬一秒でもずっと離れないってことはない。それに、魅力は衰えた後でもちゃんと残っている時もある。もし残ってなかったとしても、見つける努力をしなきゃいけないといけないのは確か。




「でも、俺は、衰えた後の方が魅力的だと感じるんすよねー」




僕は、川崎先生を横目にキムチのかかったもも肉を食べる。うん。ピリッとするなぁー。この刺激がクセになりそうだ。




「そんなこと言って、本当は坂本先輩に気に入られたいんじゃないから言ってるんじゃないのー?」




「違うっす!!ただ俺はーー」





そんなやりとりを横目に、僕はため息が溢れた。なんだか今日一日個性的な人と出会う事が多いなぁー。あんまり神楽先生とは話したくないけれど、仕事上会うし、仕方のない事なのか……。僕は残ったもう一本しかない焼き鳥を、食べ烏龍茶で流した。




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