現実が交差するこの朝。ぎゅうぎゅうに詰められたこのバスの中。ほぼ学生が占めているこの場所で、事件は起きる。
「ねぇ、薫なんか昨日面白いテレビあった?」
「この頃テレビ本気出してないみたいだからぁ〜、全然見てなぁーい」
なんと宿敵とも言える凛と薫がこのバスに乗車していたのだ。
この時間帯はいつもならいないはずなのに、何故か今日はいる。
最悪だ。
またいつもの様に、誰かの悪口を栄養分として生きている彼女らは何故学校で上の立場にいるのだろう。やはり世の中というのは、陰の立ち位置にいる人間を牙を剥く。
だが、事件はこれを示している訳ではない。
問題は次だ。
「ねぇ、知ってるぅ?うちのクラスにいる摩耶って言うクラスメイトなんだけどさぁー……」
本当にそれは突然だった。
宿敵の口から、私の名が呼ばれたのだ。
一体、なんなんだろう……これは私に対しての嫌がらせ?
私が同じ空間にいるから?
その不安を覆す様に、薫は言った。
「あの子ねぇー、軽度の知的障がい者らしいよぉ〜」
その言葉を聞いた瞬間、私は息を呑み、捕まっていたつり革にをギュッと握りしめた。
ーーどうして……どうして、私の事を障がいがあるって知ってるの!?
額から汗が出てきた。震える足、目の焦点が震え動揺を隠せない。
ーー落ち着け……これは奴らの罠かもしれない。推測でそう言ってる可能性だってある。
そう自分に言い聞かせ、落ち着いてその会話を耳に入れる。
「摩耶が? マジで!? うわぁー、どうりで、鈍臭いし、みんなといるといつも下向いて空気ぶち壊してるよねアイツ。グループ作業一人何もしないのは、頭が弱いから?どうりでキモいと思ったよw」
授業のグループ活動で一人何もしない、発言しない……まぁ、これは私の事実だ。
だけどそれは障がいがあるからじゃない。
何故私がグループ活動で、行動や発言をしないか……それは、凛や薫といった人達が、発言、行動をすると鼻で笑うからだ。実際にされた事がある。
だから、発言行動するのは辞めたのだ。
さっきの凛の言葉を自己解釈すると「お前は可愛くもないんだから、障がい者なんだから、お笑いの立場でいてくれよ」「毎日学校楽しくないから、笑い者になってくれよ」……そう凛が言いたい様にしか聞こえない。
ーー自分等が元凶になっているのなんて全然知らないんだ……この女どもは。
こんな奴に言い返せない自分が惨め。どうして、私ってこんなに弱いんだろう……。
ギシリッと自分が歯ぎしりしているのが分かる。
悔しい。
ただその一言だけだった。
「もー。凛言い過ぎだよぉー。本当だけどさぁー」
この呑気な声を聞く限り、私が同じバスにいるって気づいて無さそうだ。私がいるバスの位置は結構後ろで、あの二人はバスの出口らへんにいるから、直接は見えていないと思う。その間に、ぎゅうぎゅう詰めになった私と同じ制服を着た生徒達がいるからだ。
「ねぇ、薫、その情報どこで手に入れたの?」
そんな推測をしていると、凛が口を開いた。
薫が、障がい者を調べるほど人柄がいい訳じゃない。むしろ逆に位置する人間だ。
一体どこで、私が障がい者という情報を得たのだろう……。私は、この時耳を塞いでいれば良かった。
「え、それはねぇー……」
ゆっくりと、薫は言った。
「狭山先生が言ってたんだぁー。「アイツ障がいを持ってるから、優しくしてやってねー」って。ウケるよねぇーw薫の事いい子だって信じ込んでるみたーいw」
目の前が真っ白になりそうだった。