「そこ」はやはり「先生」にとっては、私みたいなカースト最下位の人間が行けば、世話をしなくてもいいようになり、手間が省けるとでも思っているのだろう。




そうじゃなければ、何回もこうして紹介して来ないはずだ。おそらく「この事」を話されたのは、何十回もある。保健室に来るたびにだ。





だからと言って、愛野先生が悪いわけじゃない。だって愛野先生は、私に「この話」をする時に、何となく「話したくない」という顔をしているからだ。





おそらく、愛野先生に私に「そこ」に行くように言えと命令されてるんだろうと思う。別の「先生」に。





「……摩耶ちゃん、私ね……貴方のことが心配なの」





何回もこの話をするからだろう。愛野先生は「その事」を罪悪感に感じているのが私にも分かった。きっと、愛野先生に命令している「先生」は相当な上の立場の人間なのだろう。だって、今にも愛野先生は、「話したくない」って顔してる。





「……貴方は、いつか此処を卒業して、普通の人間関係を築かなければいけない。その事は……わかるよね?」


私は、黙ってコクリと頷く。


人間関係……その言葉を聞くのはいつぶりだろうか。人間関係なんて言葉を聞いたのは、中学二年の頃ぶりだった気がする。





「……いつか此処を出て、卒業すれば……伽耶ちゃんとも一緒にいれなくなってしまう。そうなったら……貴方は一人。人間ってね、一人で生きていくのは難しい事なの……。特に女性一人っていうのは、今の世の中「レディーファースト」なんていうけれど、まだまだ男社会。もちろん生きれないってわけじゃないれど……」





要するに、私に「友達を沢山作り、もう保健室から卒業しろ」という事だろう。愛野先生の背後にいる「先生」の意図を読み取った。私の事を相当、厄介者呼ばわりしてるな。





だけど、私も100パー否定できない。たしかに、今の私は保健室に頼りきっている。昼休みが始まれば、保健室へ来て、お弁当を伽耶と食べる。放課後は、嫌な事を愛野先生に愚痴り、休む。





ーーたしかに、私は他の人間から「先生」から見たら、「ずるい存在」で、「ろくでなし」だ。





私は緑茶が入っていたコップを両手で包み、ギュッと力を込める。ほんのりと暖かい。





「……私も、いつかは「そこ」に行きたいです。だけど……今は人を信じられないんです。そして他の「先生」自体も……」



これが、私自身が返答できる最大限の返事だった。


しばらく、沈黙が訪れた。ストーブのジリジリと火が焼ける音。ヤカンの沸騰する音。全てが私の時間を表しているみたいに、保健室内に響く。




愛野先生は困ったように笑ってみせた。無理もない。私がこうしてうじうじと「あの場所」に行かないから、また愛野先生は命令してくる「先生」にまた報告しなければいけないのだ。




自分は、何をしているんだろう……。愛野先生を困らせて、自分から行動しないなんて、本当どうかしてる。


でも、外に出て人と、「先生」に会うのが怖い。




結局はまた、「保健室」に戻ってくるのだ。私は。そして、伽耶に甘えて、此処に居続けるとんでもない「化け物」。






「……そう。いいの。気にしないで。またゆっくり悩んで、行けばいいから。無理していく場所じゃ無いからね」






愛野先生は、優しく笑って私の頭を撫でた。その手は、優しく暖かな、柔らかな手触りだった。ずっと、この手で私を守ってほしい。ずっと……。この瞬間だけは、「先生」ではなく「保護者」の暖かさを感じた。





ーーでも、いつまで続けるの?こんな事。自暴自棄になって、同情を得たいだけじゃない……。






そう、頭の中で聞こえたが、私は見えないふりをした。