「えっ?」
「つまり、遊び相手ではなく、生涯の伴侶になっても良いと思えるような相手を探しているということでしょう?」

「そ、そうですわね」
「でしたら、どういう相手なら貴女のお眼鏡にかなうのか教えていただきたい」

(絶対にオーランド様じゃない人よ)

 こちらは正体も日頃の態度も分かっているのだ。

「……一人の女性しか愛さないような、真面目で、誠実な相手に愛を囁かれたら……、わたしも心ときめくかもしれませんね」
「それは俺の悪評を知った上での嫌味ですか」
「もちろんです」

 オーランドはくすくす笑った。

「わかりました。では、貴女が言うところの『誠実な男』になったら、俺の誘いを受けてください」
「どうするおつもりですか?」
「さあ」

 意味ありげに唇の端を上げ、「約束ですよ」と言って立ち去っていく。

(いったい、どうするつもりなのかしら……)

 エトランジェでうわべだけ取り繕ったところで、伯爵家に出入りしているリコリスは騙されたりしないというのに……。

 その意味がわかるのは、この宣言から数日のことだった。


 ◇


「お兄さまったら、一体どうしちゃったのかしら」

 チェルシーとターニャが顔を付き合わせてひそひそ話をしている。

 さきほど屋敷の中ですれ違ったオーランドは涼しい顔をして歩いていた。その左頬は赤く腫れており痛々しい。が、本人はどこ吹く風だ。

 そんな兄が不気味なようで妹たちも突っ込んで聞くに聞けないらしい。

「……恋人と喧嘩したのではなくて?」
「そういえば、ここ数日女の人と一緒にいるところを見ていないわ」
「振られちゃったってこと?」
「えー? お兄さまが?」

 姉妹のやり取りを聞きながら、リコリスは顔をひきつらせた。

 例の「約束」の後からオーランドはぱったりとエトランジェに来なくなったのだ。

 ほらやっぱり口先だけじゃない、なんて思ったのは束の間で、どうやらオーランドは本気で女性関係を整理しているようだった。

(誠実さを見せるってそういうこと? そりゃ、間違ってはいないけど……)

 ふらふら遊び歩いている嫡男を心配していた伯爵夫妻は、ようやく女遊びも落ち着いたかと喜んでいるらしい。

 当然、夫人と親しいロクサーヌの耳にも入り、高笑いして喜んでいた。すっかりバイオレットに骨抜きじゃない、と笑っていたが、リコリスには訳がわからなかった。

 そうまでしてバイオレットに執着する意味はあるのだろうか。

 振られてプライドを傷つけられたと思っているのかもしれないが、来るもの拒まず去るもの追わずのオーランドが、わざわざ面倒ごとに足を突っ込んでいるなんて。

 それから、もうひとつ分かったことがある。

 先日のバイオレットの偽物は、どうやらオーランドと関係があった女性の一人らしい。

 オーランドがバイオレットに夢中になっていると聞き、仮面をつけてオーランドを誘惑するのが目的だったようだ。オーランドの方はこれっぽっちも彼女に興味を示さなかったばかりか、正体にすら気づいてもらえず、あまつさえ肌の張りがどうのという侮辱を受けてずいぶん怒っているそうだ。

 逆上してバイオレットに何かしてくるかもしれないから、身辺にはじゅうぶん気をつけるようにとロクサーヌから忠告された。エトランジェも念を入れて少し警備を増やすそうだ。

「――ねえねえ、リコリスはどう思う?」

 ターニャに話を振られて、はっと意識を戻す。ぼんやりしていて聞いていなかった。リコリスが慌てて詫びると、ターニャがぷうっと頬を膨らませる。

「お兄さまのことよ。リコリス、お母さまから何か聞いてない?」
「奥さまからですか……?」
「そうそう。例えば、良い縁談相手がいらっしゃるとか、お兄さまが慌てて身辺整理しないといけないようなことよ」

 残念ながらスペンサー夫人からもロクサーヌ叔母からも何も聞いていない。知らないと答えると、姉妹たちの謎は迷宮入りしたらしく「なんなのかしらねー」と首を傾けた。

「でも、元々お兄さまって女性と浮き名を流すような人じゃなかったもの」

 姉のチェルシーの言葉に驚いたのは、ターニャだけでなくリコリスも同じだ。

「え? そうなんですか?」
「あんな風に色んな女性と一緒にいるのはここ数年かしら。それまでは私ともよく遊んで下さったのに」

 寂しそうにチェルシーが肩を落とす。

 そうはいっても、年頃になれば恋のひとつもするだろう。オーランドの女性関係は派手だが、独身だから許されることだ。今のうちに楽しんでおくという考えはわからなくもない。

「……オーランド様は女性から人気がありますから。きっと周りが放っておかないのでしょう」
「そうかなぁ。わたしはお兄さまがあんな風になってしまったのは何か理由があるんじゃないかと思うんだけど……」

 チェルシーは曇り顔のままだ。
 オーランドが変わってしまった理由。……ロクサーヌなら何か知っているだろうか。

(馬鹿ね。深入りしてどうするの)

 チェルシーには申し訳ないが、オーランドに積極的に関わるつもりはない。

 しょんぼりしてしまった彼女をターニャと二人で慰め、明るい話題を振ることに終始した。

 そんな日々が過ぎていき、毎日のように腫れていたオーランドの頬の赤みが消える頃――

「おい、家庭教師」

 玄関先で壁に背を預けて待っていたオーランドに捕まった。

「な、なんでしょうか……」

 リコリスは本を抱え直し、おそるおそるといった態度でオーランドを見る。

「チェルシーたちの授業が終わったら俺に付き合え」
「は……」
「都合が悪いのか?」
「い、いえ……、分かりました」

「授業が終わる頃に迎えに行く」

 言いたいことだけ言い置いてオーランドは去っていった。リコリスは驚いてしまう。

(オーランド様がわたしに用事……? いったい、何の……?)

 疑問符だらけのまま、お嬢様二人の授業を終える。いつもならお茶とお菓子が出てくる時間にオーランドがやってきたので、これにはチェルシーもターニャも目を丸くしていた。

「お兄さまが」
「リコリス先生に用事」
「「…………何の?」」

(わたしも聞きたい)

 ぽかんとしたままの妹二人を無視して、オーランドは「来い」とリコリスを呼んだ。

 扉を閉めるタイミングで「お兄さまったら、振られ過ぎたせいで」「ついにリコリス先生に手を……」「大変だわ」とぼそぼそ喋る少女の声が聞こえた。子ども二人にもわかるくらい『家庭教師リコリス』はオーランドにとって恋愛対象外なのである。

「……あの……どういったご用件で……?」
「お前は花に詳しいんだろう? 教えて欲しい花言葉がある」
「はあ……。一体なんでしょう?」

 リコリスは訳も分からずオーランドの背中を追う。

 オーランドが屋敷の一角にある部屋の扉を開けると、ぶわっと強い花の香りが広がった。