こころ
兄妹
兄はさっきのはどういう事か聞きたいはずなのに、何も聞かず、家に帰れば「風呂入ってこい」と言うだけだった。

私はそれを素直に従い、シャワーを浴びに行った。


泣いて泣いて、いつもの倍以上かかってしまったお風呂。


リビングに行けば兄はスマホをいじりながらソファの上で寝転がっていた。


もう涙も出ず、落ち着いた私はいつものように夜ご飯を作るため、キッチンの方へと向かう。

今日も侑李はお粥しか食べられなかったと言ってたな·····。



「お兄ちゃん、昨日のカレー少し残ってるからそれ食べて貰っていい?」

スマホから私に目を向けた兄は、「お前は?」とまた私の食事のことに対して質問してくる。



「·····あんまり食欲ないから·····」

「··········」

「ちゃんと食べるから·····」

「なあ、それってフジか?侑李のためか?」


険しい顔を私に向ける兄。私はその顔を見たくなくて、目線をそらし、冷蔵庫に入れていたカレーを手に取った。


「密葉」

無視する私に怒っているのか、兄は低い声を出した。そのままこっちに近づいてきた兄は、炊飯器からご飯をよそう私を見下ろす。



「フジとどういう関係か言え」

「·····もう終わったから」

「言え。言わねぇとマジで怒るぞ」

「··········」

「密葉、あいつが族なのは分かってるな?」

「··········」

「いつから知り合いだよ?」

「··········」

「あん時はもう知ってたのか」


あの時·····。
和臣が兄と友人だと知った時·····。


「黙ってねぇで何とか言えやコラ!!」



ガンッ━━━━━━━と、そばに置いていたゴミ箱を蹴り、大きな音がキッチンに広がった。


「··········お兄ちゃん·····」

「どういう関係だ」

「もういいでしょ、言いたくないの·····」


私はゆっくりと兄を見上げた。



「なんで言いたくねぇ?」

「··········」

「フジに何かされたか?」


何か·····、何かって。


「どうしてそんな事聞くの·····、もう終わったんだよ、お兄ちゃんには関係ないでしょ」

「勝手に解決すんな、関係ねぇかは俺が決める。つーか、どう見てもアレ、フジがお前のこと好きでつきまとってるようにしか見えなかったんだけど」

それは·····否定出来ないけど。
でも私も和臣が好きで。

でも、侑李が苦しんでいる中、私が和臣と関わりあって·····、私は欲を覚えてしまった。
街にいた恋人のようになりたいと。


侑李は、病院の外さえ、まともに出られないというのに。



「そうなのか?」

「··········」

「フジが付きまとってたのか?」

「··········」

「お前は嫌だったのか?」



嫌だった?

初めは嫌だった·····。


でも、今は·····。



「·····和臣を悪く言わないで」

鼻の奥がツンとした。
ツーーー·····っと、また涙が溢れてくる。
和臣をそんな風に言わないで欲しかった。

兄の顔が、少し変わった。


「··········付き合ってたのか?」


静かに問いかけてくる。

私はそれに対して、顔を横にふった。



「密葉も好きだったのか?」

その問いに、顔を横にふるのをやめた。
でも、顔を縦に動かすことが出来ず。

兄はそれを見て、小さなため息をついた。


「フジのこと、下の名前で呼ぶぐらいだもんな」

「え·····?」

「·····あいつ、みんなからフジって呼ばれてんだよ。知ってるか?」


兄もフジ·····。
和臣と一緒にいた辰巳って人も、フジって呼んでて。
みんなからって言われても、2人しか知らなくて。

和臣の名字は藤原だから·····。
フジっていうのはあだ名みたいなものじゃないの?


意味が分からなくて、何も言えず、指の腹で涙をふいた。


「あいつ、昔っからフジって言われてて、下の名前で呼んでんの、お前ぐらいだよ」

それは·····、和臣が和臣でいいって言ったから。


「フジからすれば、お前はそれ程の女ってことだろ?なんで付き合わねぇ?お前も好きなら·····」

「やめて·····」

「族か?まさか、族だっつーこと、知らなかったわけじゃねぇよな?」


知らなかった。
兄が言うまで。でもそれは、関係ない。
だって和臣は和臣なんだから·····。
私が好きなのは、暴走族の和臣じゃないから。


「·····お兄ちゃん·····」

「·····まさか、侑李のために?」

「·····違うから」

「侑李のためなんだな」

「違うってば!」

「お前なんで········侑李が大事なのは分かる、でもな、密葉、お前だって·····」

「違うって言ってるでしょ!!」


私はドンっと、兄の胸元をおした。


「密葉っ」

「私が和臣と付き合えば侑李はどうなるのっ。1人になっちゃう!侑李が苦しんでるのに私がこうやって、遊んでっ·····」

「違うだろ、そうじゃねぇだろっ」


そうじゃない?
そうじゃないってなに·····。
ずっとずっと悩んで出した答えなのに·····。


「お兄ちゃんには私の気持ちなんて分かんないよ!お兄ちゃんはずっと遊んで·····、全然侑李のとこにも来ない·····、私がっ、侑李には私しかいないのに!!」

「なにいってだお前·····」

「うるさい!もう、黙っててよ!和臣とはもう終わったの!!それ以上喋んないで!!」

「密葉っ」

「お母さんもそうだよ!お父さんも!全部私に任せっきり·····。全然、帰ってこないじゃない·····」

「落ち着けよ!」

「落ち着け?落ち着いてるよ!でも落ち着けなくしたのはお兄ちゃんだよ!!お兄ちゃんが変なことばっか言うから!!」

「変じゃねぇだろ!」


「うるさい!!私から侑李を取らないで!!」


隣の家に聞こえる程の声で叫び、兄を押し退け、私は自室へとこもった。


どうして兄があんなにも言ってくるのが分からない·····。私は侑李の事を思っているだけなのに。私が間違っているっていうの?



‘おねぇちゃん、いかないで’


昔の侑李の声を思い出す。

私は·····間違ってない。

そうだよね、侑李·····。




「密葉、もうフジの事は喋んねぇから。ちゃんと飯だけは食え」


部屋の扉の向こうから兄の声がしたけど、私はそれを無視した。だって、私のしている事は間違っていないのだから。


··········間違って、ないから·····。



6時に起きる生活は変わらない。
ただここ数週間で変わったのは、私が学校へ行かなくなったこと。だって侑李も行ってないから。侑李が行けないのに、私だけが行くわけにはいかなくて。


病院は8時半に開くから、そのタイミングで病院つき、待合で持ってきた本を読みながら時間を潰す。面会時間になれば侑李の元へ向かい、面会時間が終われば病院にいることは出来ないため、家へと帰る。

もう肌寒くなってきて、侑李には「暖かくして寝るんだよ」と何度も言った。



もちろん和臣からの電話は来なくなった。
だから、私も和臣の番号をアドレス帳から消した。和臣は過去の人になったから。もう、連絡することは無いから。





「飯食ったのか」と聞く兄に苛立って、「侑李が食べれないのに、私だけ食べるわけにはいかないの!!」と何度も何度も言ったような気がする。



気がするのは、もう兄と会話をするのも面倒だったから。同じことしか言っていないような気がして。


それが何日も続いた。
「学校行くぞ」と兄に無理矢理連れていかれそうになったけど、「侑李が行けないのにっ」と叫んだりもして。


兄は何度も言う。
「しっかりしろよ」って。

どうして?
私はしっかりしてるでしょ。
侑李のためなら、何だってするのに。
侑李の姉として、しっかりしてるのに。


兄は私のすることを否定する。
なんで?どうして?
分からない。
私が侑李の喜ぶことを、1番に分かってる。







「密葉!!!」

ああ、もう·····、またお兄ちゃん·····。


「お前、何やってんだよ!!」

イライラする。


「死ぬ気か馬鹿!!!!」

兄が、私の体を引っ張りあげようとしてくる。「やめて」と声を出したいのに、浴槽に浸かっている私は、体を動かすことが出来なかった。
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