もちろん、花音の未来のために縁談を断ろうともしたけれど、何もかも受け止めきった顔をした彼女を見たら、もうどうにでもなればいいという気持ちになり、だんだんと仕事も忙しくなり、俺もそのまま受け流したのだ。
 どうせ結婚相手など、誰でもよかったのだから。

 そんな風に、花音とろくなコミュニケーションも取れずに仮面夫婦をしていたある日。
 「結婚した日に植えた花を覚えているか」という問いにちゃんと答えなかったその瞬間、彼女の顔つきがパッと切り替わる。
 まさか彼女から離婚を言い渡されるだなんて、思ってもみなかった。
「恐れ入りますが、今日はお話がございます」
「なんだ……?」
「私と離婚してください」
 全く予想していなかった言葉が、彼女の口からストレートに出てくる。
 お互い完全にプライベートには干渉せず、籍を入れているだけの関係で丁度いい、と思い始めていた頃のことだった。
 仕事のことでいっぱいだった頭の中が、一気に真っ白になっていく。
 こんなことを彼女が知ったら怒られるかもしれないが、俺はこの時、ショックという感情よりも先に、皮肉にも久々に花音に“興味”を抱いたのだ。
「私は名ばかりの結婚に意味を感じていません。文化人の血筋など、あなたも本当は興味ないですよね」
 やっと聞けた花音の本音。人形のようだった彼女が、今初めて、本当の自分でぶつかってくれている。
 両親の言いなりだった花音に対する、謎の怒りの感情がするすると消えて、ようやく花音自身が見えてきた気がした。
「好きな男でもできたか」
 ちゃんと向き合いたいとようやく思えてきたというのに、自分の口から出た言葉は最低だった。
 花音の性格をきちんと考えていれば、そんなありえない質問は出てこなかっただろう。
 言ってから後悔したが、でもすぐに、彼女なら大丈夫だろうと思った。
 今までどんなことも受け止めてきた彼女なら、こんなことを俺に言われたって、きっと傷つきもしないだろうと……。
「私は……あなたともう二度と会いたくありません。それだけです」
 しかし、予想外に花音は傷ついた顔をして、涙を流した。
 その涙を見て、ガラスの破片が刺さったかのように、心臓が痛む。こんな感覚は、生まれて初めてで激しく動揺した。女の涙なんて、今までも平気で見てきたというのに。
 ……花音は、俺のことがどれほど憎いのだろうか。