離婚するので、どうぞお構いなく~冷徹御曹司が激甘パパになるまで~
第一章

固い決意

◼️固い決意 
 葉山(はやま)流は、明治時代から続く国内でも有名な生け花の流派のひとつだ。
 初代家元は葉山実次(さねつぐ)と言い、新しい文化を取り入れ、生け花の発展に大きく貢献した文化人。
 その葉山家の長女として生まれたひとり娘の私は、葉山家の後継ぎとして期待を背負って生きてきた。
 幸いなことに、幼いころからお花に触れていたこともあり、“華道家になる”という道は、自分の素質に合っていると感じた。高校卒業とともに本格的な指導を毎日毎日受け、友人との遊びも大抵断り、ずっとお花と向き合って生きてきた。
 そんな日々が今日――ようやく報われたのだ。
「今日から花音(かのん)に教えることはもうないわ。あとはもう自分でしっかり学んでいって」
「はい、先生」
「これから娘に先生と呼ばれることもないのね、ふふ」
 着物姿の母親が、いつも指導を受けていたお教室の中で、少し涙ぐんでいる。
 私は正座をしたまま、そんな母に深くお辞儀をして、心からの感謝を伝える。
 高度な技術が必要とされる葉山流派。
 一級師範理事のお免状を譲渡されるこの日まで、努力を重ねてきた。
 二十七歳にしてようやく私も、堂々とプロの華道家であると胸を張って言える。
「黎人さんも、きっと喜ばれるわね」
「そうかな……」
「まあ、まだ結婚して三ヶ月で新婚さんなのに、他人事なんだから」
 突然夫の名前が出てきて、私は困ったように小さく笑う。
 夫である三鷹家は、国内でも有名な大手財閥のひとつで、いくつもの高級ホテルを経営している。夫の父親は今現場を退き会長の座に就任し、長男である黎人さんが今トップを担っている。とんでもなく仕事ができる男だと、葉山家でも話題に上がっていた。
 葉山家と三鷹家は明治時代からの親交があり、当たり前のように葉山家の娘は三鷹家に嫁いできたと言う。
 その代わりと言ってはなんだが、三鷹家が経営するホテルのお花はすべて葉山家が手がけており、いわば政略結婚みたいなものだった。
 三鷹家は葉山家の文化人の血が欲しく、葉山家は葉山流の発展に繋がる仕事が欲しい。
 相互に利益のある古き“約束”を――私も粛々と結んだのだ。
「黎人さんも一年半海外でお仕事されるようで大変だろうけど、遠く離れてもお互い影響しあえるといいわね」
「はい、頑張ります」
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