離婚するので、どうぞお構いなく~冷徹御曹司が激甘パパになるまで~

戸惑い

▼戸惑い

「花は無事か」
 突然現れた黎人さんに、私の思考は完全に停止していた。
 しかも、荷物に潰されそうになった私を、身を挺してかばってくれた。
 ……ありえない、と思った。いつも鉄の仮面を被ったような彼が、こんな風に焦った顔を、私に見せるだなんて。
「た、助けて頂き、ありがとうございます……」
「花が大事なのか分かるが、あまり無茶するな」
 少し本気で怒ったような声に、私は言葉を詰まらせる。
 周りにいたスタッフが、心配して黎人さんと私に周りにやってきて、一時騒然となったけれど、すぐに黎人さんがその場を静めた。
「何も問題ない。皆自分の仕事に集中してくれ」
 目が合ったのは、たった数秒。彼はすぐに背中を向けて、豪華なホテルの奥へと消えていく。
 まるで違う世界の人のよう。だけど、彼はまだ、私の夫なのだ。
 その事実が、自分をもどかしくさせる。
 こんなことで感情が揺らぐことなど、私は私を絶対に許さない。そう自分に言い聞かせて、胸を片手で押さえた。



 花径が二十センチほどにもなった、大きな芍薬の花を、ひとつ掴む。
 白に一滴赤いインクを垂らしたかのような、ごく薄いピンク色が上品で、見ているだけで気持ちが華やかになる。
 指で挟むとすぐに体温を感じるほどのしなやかな花びらが、幾重にも重なって、美しい形を生み出している。
 私はそんな芍薬を、そっと花器に挿すと、器ごと持ち上げ朝日に透かした。
 縁側から見える庭にも、切なげな淡い水色の紫陽花が咲き誇っている。
 旬の花が変わるごとに、季節の移り変わりを感じる。
 黎人さんが帰ってきてからもう一カ月が経つというのに、周りに話すタイミングも掴めないまま、私はまだ結婚指輪を外せずにいた。

 毎朝日課の、花の水替えを終えたら、小鞠を起こすところから慌ただしい一日が始まる。
「ちょっと小鞠さん、最近ちょっとムチムチしすぎじゃない?」
「まんま、あー」
「だめだめ、これはお昼の分ね」
 ありがたいことに小鞠の食欲はいつでも旺盛で、口まで離乳食を持っていくとパクパクと食べてしまう。
 たんぽぽの綿毛のような柔らかな髪を、お花のピンでとめていると、タッパーに残していたご飯を食べたがって暴れ始めた。そのせいで、少しだけまだ残っていたスープが古い座敷机にこぼれてしまい、私は畳に液体が落ちる前に、瞬時にサッと手で堰き止める。
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