【1/2 英語版③巻オーディオブック発売・電子先行③巻発売中】竜の番のキノコ姫 ~運命だと婚約破棄されたら、キノコの変態がやってきました~ 第2章
6 キノコと自己肯定感
「本当に、俺が隣なの? せっかくのデートだろう?」
 馬車に乗るなり隣を確保したアニエスを見て、ケヴィンが呆れている。

「練習ですよ、練習」
 最初からクロードと二人きりなんて、難易度が高すぎる。
 今回は慣れるための練習なのだから、ケヴィンが隣に座るのは譲れない事項だ。

「いいよ。緊張して気分が悪くなるといけない。アニエスの言う通り、今日はあくまでも練習。それに、正面もアニエスがよく見えていいよ」

 クロードのまさかの発言に、ポンという破裂音が馬車内に響く。
 灰色の傘に年輪のような溝があるのは、コフキサルノコシカーケだ。
 クロードの膝に生えたおかげで、ちょっとした防具に見えなくもない。

「本当に、キノコがよく生えるね」
「すみません」
 アニエスが条件反射で頭を下げると、クロードは苦笑しながらキノコをむしり取った。

「謝らないで。むしろお礼を言いたいくらいだよ。アニエスが生やすキノコは、傘の張りも美しさも素晴らしいものばかりだ。このコフキサルノコシカーケだって、環溝が綺麗に出ていて頑丈で……」

「あ、あの。キノコの話はもういいです」
 このあたりで止めないと、きっとクロードはどこまでもキノコ話を続けるだろう。
 そうなれば二次キノコの危険も増すので、よろしくない。

「ああ、ごめん。あまりに美しいキノコだったから」
 さらりとキノコを褒めるクロードをみて、アニエスの中でふと疑問が湧いてきた。


「クロード様はキノコがお好きですよね。キノコの姿も好きなんですよね」
「ああ、もちろん」
「それはつまり、私はキノコ似ということでしょうか」
「え?」
 キノコをポケットに入れると、クロードが不思議そうに瞬く。

「服の色も落ち着いているのでキノコ似ですし、キノコを生やしますし、キノコとして好ましいのでしょうか」
 真剣に問うアニエスに、ケヴィンがため息をついた。

「すみません、殿下。見ての通り、フィリップ様のせいですっかり自己肯定感が低空……いえ地中に埋まっていまして。ようやく地面から顔を出したところです」

 そう言うや否や、ケヴィンの手の甲にセイヨウショウーロが生える。
 大理石状の模様を持ち、小さな突起が無数に見られる塊状のキノコは、あっという間にケヴィンにむしられた。

「面倒ですが、よろしくお願いいたします。……ところで、これは何キノコですか」
「大丈夫。前にも言っただろう? 俺にはアニエスだけだし、いくらでも待てる。……それはセイヨウショウーロ。香りが良い高級食用キノコだよ」
 つまんだキノコをまじまじと眺めたケヴィンは、そのままクロードにキノコを手渡した。

「惚気とキノコ情報をありがとうございます。これは差し上げます。……やっぱり俺、家に残ったほうが良かったかな」
「駄目ですったら!」
 ここで馬車を降りられてはたまらないと、アニエスは必死にケヴィンにしがみつく。
 それを見た二人は困ったように苦笑いを浮かべた。


「……そういえば、フィリップはルフォール邸に来ていない?」
「はい、今のところは。このまま地の底でおとなしくしてくれればいいのですが」
 何故フィリップが地の底にいる前提なのかはわからないが、それがあながち間違いでもないかもしれないのが怖い。

 フィリップは王太子の結婚を祝う舞踏会で、大量のキノコの攻撃に遭っている。
 どの程度影響があったのかは不明だが、仮にすべての攻撃が効いているとすると、まだ体調が戻っていないのかもしれない。

「また来ると思うか?」
「そうですね。方法はまったくこれっぽっちも理解できませんが、姉さんを特別に想っていたことは事実です。だからこそ、俺と父ははじめ、気付くことができませんでした」

「特別?」
 フィリップとアニエスは互いの都合があったので婚約しただけで、その間には家族のような情があっただけだ。
 それすらもアニエスの独りよがりで、フィリップはルフォール家のことなど考えていなかったのだが。

「……この通り、本人には伝わっていないのが救いです」
 何だかかわいそうなものを見る目を向けられているのは、気のせいだろうか。

「まあ、何にしてもフィリップのしたことは許せない。――アニエスの人格の、根底を歪めたんだからね」
 クロードの鈍色の瞳が鋭く光るが、すぐに表情が和らいだ。
「……ただ、おかげで他の男にとられずに済んだというのはある。挨拶をするくらいなら許せるかな」

「殿下は優しいですね。俺は顔も見たくありません。……まあ、殿下と姉さんがいちゃつくのを見て悔しがる顔なら、見たいですが」
 吐き捨てるようにそう言うケヴィンは、表情こそそこまで変わらないが、怒っていることがうかがい知れた。

「……ケヴィンもさあ、アニエスが好きだよね」
「そうですね。大切な姉です」
「それだけ?」

「正直に言うと、初恋は姉さんです」



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【今日のキノコ】

コフキサルノコシカケ(粉吹猿腰掛)
傘は灰色や白っぽい茶褐色などで、年輪のような環溝がある。
年々成長するので、大きいものは五十センチほどになることも。
名前の通り座っても崩れない耐久性を持ち、頑丈で壊れにくいキノコ……もはやキノコというよりも、家具の説明。
成長期の傘の裏にメッセージを入れると二度と消えないし、磨くと光沢が出て置物にもなる……やっぱり、家具かもしれない。
『木材腐朽菌倶楽部』の一員。
食用ではない……座れる頑丈なキノコを食べようとしないでほしい。
座る位置の話をしていたのを聞き、「よかったら座る?」と生えてきた。

セイヨウショウロ(西洋松露)
大理石状の模様を持ち、小さな突起が無数に見られる塊状のキノコ。
いわゆるトリュフで、三大珍味にも数えられる高級食用キノコ。
白と黒で値段が違いすぎるのが、目下の悩み。
地中に埋まっていると聞き、呼ばれたと思って喜び勇んで生えてきた。
今回もクロードに渡されてしまったが、たまにはアニエスの食卓を飾りたいと思っている。
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