スパダリ外交官からの攫われ婚


「あの、さっきはすみませんでした。スマホはちゃんと見つかったんで……」

 加瀬(かせ)を部屋へと案内する最中、先ほどの義母とのやり取りを思い出しスマホが見つかったことを報告する。
 そんな(こと)の言葉に加瀬は興味なさげだったが、それでもいいと思っていた。
 父が再婚し家族は増えたが、自分の話を聞いてくれる人は逆にいなくなって。自分の言葉は聞いてもらうほどの価値はない、琴はそんな風に思うようになっていた。

「ここが、加瀬様のお部屋になります。何かあればそちらの……」

 この部屋は音羽旅館の中で一番人気のある部屋だ、きっと琴の両親がこの日は他の客をいれなかったのだろう。
 琴もこの部屋に憧れていて、いつか泊まってみたいと思っていた。

「いい、面倒な説明はいらない。あんたもさっさと出て行ってくれないか」

 しかし加瀬に冷たくそう言われて、琴は慌てて頭を下げると部屋から出て行く。感じの悪い客だと思ったが、それも珍しい事ではない。
 顔がいいだけ残念ね、くらいの気持ちで琴は自分の持ち場へと戻っていっていたのだが……


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