スパダリ外交官からの攫われ婚


「あの、すみません。私の所為で早く帰る事になって……」

 (こと)の肩に回されていた加瀬(かせ)の腕は会場を出ると同時に離れ、今度は手を繋いで街中を歩いている。今日もシャンゼリゼ通りは華やかで、お洒落なパリジェンヌたちで溢れている。
 そんな女性たちの視線を集めている加瀬だが、彼には隣にいる琴しか見えていないようで。

「気にする必要は無い、今日の集まりも琴を紹介するためのものだったんだ。いきなり大勢に囲まれ気を使っただろう、早く帰って休むと良い」

 それだけ言うと繋いだ手を強く引っ張る、そのまま加瀬は琴を近くに停まっていたタクシーの後部座席へと押し込んでしまった。
 加瀬はフランス語でタクシーに何かを話すと、紙幣を渡しそのまま琴から離れる。

「え? 志翔(ゆきと)さん……?」

「簡単に出来る料理の材料を買って帰る、琴は先に家で休んでいろ」

 戸惑う琴に加瀬はそう告げてタクシーのドアを閉めてしまう。そのまま琴を乗せたタクシーは走り出し、彼女は一人で家に帰り付いた。
 玄関の鍵を開け中に入り、リビングにおいてある大きなソファーへと座る。慣れない人との付き合いでやはり疲れていたのか、先ほどの女性たちの話をぼんやりと思い出しているうちに琴は眠ってしまっていた。
 ……たった一言。胸の中に引っかかったある言葉がこれから琴を悩ませる事になると、この時はまだ気付かないまま。

『志翔はね、ずっと初恋の相手を思い続けてるんだって。そう一度だけ私に話してくれたの、だから……』


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