スパダリ外交官からの攫われ婚
攫われて始まる新婚生活とは


「さすがに挙式を挙げるだけで精一杯だったんだ、新婚旅行は俺の仕事が落ち着くまで少し待っていろ」

 連れてこられた高層マンションの一室で、(こと)は景色を眺めながら加瀬(かせ)の言葉をぼんやりと聞いていた。生まれてからずっと暮らしてきた旅館から見える景色とはまるで違う、その街並みに彼女は見惚れていた。
 そんな琴を見て加瀬は呆れたように溜息をつき、彼女の後頭部をこつんと叩く。

「……あ、何か言いましたか?」

「パリの景色に夢中になってくれるのは良いんだが、少しは夫の俺の方にも意識を傾けたらどうだ?」

 わざとらしく含みを持たせた言い方をする、加瀬は女性の気を惹くのが上手だと琴は思う。きっと経験豊富なはずの彼には自分など簡単に扱える女だろうとも。
 なのにそんな言葉でわざと構って欲しそうにされると、琴の心のほうがグラグラしてくる。

「これ以上加瀬さんを意識したら、私の方がどうにかなってしまいます。これでも……」

「加瀬さん、じゃない。ちゃんと志翔(ゆきと)って呼ばなきゃ駄目だろ、琴。あんたも、もう加瀬になったんだから」


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