ファム・ファタール〜宿命の女〜

6

 ばっちりだ。ばっちりコンビニルックだ。
 部屋に置いてある全身鏡に映った自分の姿があまりにも想像通りの仕上がりだったので、思わず笑ってしまう。
 でもこれでいいのかもしれない。洗井くんは、この前の続きを話したいだけだ。そこに色恋を持ち込んでも困惑させてしまうだけだろう。
 色恋を微塵も感じさせないこの格好は、今日という日にぴったりかもなぁ。
 だがしかし、薄っすらとメイクはした。パウダーを叩いて、まつ毛をビューラーで上げて、色付きリップを塗っただけの、メイクと呼ぶにはまだまだ幼いものだろうけど。
 それでもいつもの私より随分と良い仕上がりに、心が浮き立つ。

 約束の時間の20分前、私は自転車に跨り、待ち合わせ場所である例の公園へ向けて自宅を出発した。


 とりあえず暑かった。自転車を漕いでいるときはまだ風で涼しかったのだが、止まった途端に汗がぶわりと噴き出る。そりゃそうだ。もうすぐ夏休み。暑いに決まっている。
 私はハンカチで汗を拭いながら信号待ちをしていた。この横断歩道を渡れば、公園はすぐそこにある。
 メイクした意味なかったなぁと考えながら、信号が青になったと同時に自転車を漕ぎ出した。もちろん車の往来は確認済みだ。

 公園に着き自転車ごと乗り入れる。今日も相変わらず陰鬱な雰囲気のする公園である。
 洗井くんはすでに到着していて、あのベンチに一人、腰を下ろしていた。
 「洗井くん」と私が声をかけるのが早かったか、洗井くんが私に気づくのが早かったか。ほぼ同時にお互いの名前を呼び合う。それがなんだか照れ臭く「えへへ」と誤魔化すように笑った。
 
「お待たせ」
「全然。俺も今来たとこだから」

 おぉ、なんだかデートっぽいぞ。初めての経験にドギマギしている私に「はい、これ。暑かったでしょ?」と、洗井くんはお茶が入ったペットボトルを手渡してくれた。
 汗をかいたペットボトルを「ありがとう」と受け取り、こくりとお茶を流し込む。喉を流れる冷たさに、生き返っていく心地だ。
 こんな気遣いもできるなんて。ついこの間まで中学生だったとは思えないな。好き。洗井くんと接するたび好きが増えてゆく。このまま増え続けたら、私、爆発しちゃうかもしれない。

 私がお茶を飲んだことを確認すると、洗井くんは「じゃあ、行こうか」と自転車に跨る。足、ながー。
 細身のズボンから見えるくるぶしが眩しい。青と白のストライプシャツも爽やかな洗井くんの雰囲気にぴったりだと思った。
 いつもはきちんとセットされている髪も、今日はどうやらノーセットのようだ。ふわふわと風に揺れる柔らかそうな髪に触れてみたいと思う。
 もう、全部、好き。後ろ姿を見つめて、私はどんどん膨れ上がっていく気持ちを噛み締めていた。


 ここに止めてね、と駐輪スペースを案内される。洗井くんのお家は住宅街の一角にあった。紺色の金属の外壁と暖かみのある木調の外壁が融合された、とてもスタイリッシュな外観で、これまた洗井くんが住んでそうな家だなぁ、と感心してしまった。

「両親は出かけてるから」

 それは事前に聞いていたことだが、家を前にした状態で改めて言われると、緊張感に押し潰されそうになる。

「お邪魔します」

 控えめに告げて靴を揃える。用意されたスリッパに足を入れ、洗井くんの後をついて2階に上がった。
 「どうぞ」と通された洗井くんの部屋は、想像していたよりずっと大人だった。黒を基調としてまとめられた空間に、無駄な物は一切ないように思う。勉強机も私が使っているような、小学生からずっとこれです!みたいなものじゃなくて、大人の男性がパソコンをするときに使用するような、シュッとしたデザインだ。シュッ!伝わるだろうか?
 それに付随する椅子だって、背凭れが高いリクライニングチェアで、すごく大人だ。ベッド横に置かれた小物入れもスチールラックも、黒で統一されている。ここまでくると、なんだかずるい、という感情が湧き上がってくる。かっこよすぎてずるい。

「飲み物持ってくるよ。リンゴジュース飲める?俺も飲むんだけど」

 部屋の真ん中に置かれた木製のローテーブルの前に促され、そこに腰を下ろす。黒地に白の模様が入ったラグが、これまたオシャレだ。
 なのに口から出た言葉が、リンゴジュース。かわいい。そうだよ、洗井くんも私と同じ高校一年生だもん。立居振る舞いがあまりにもスマートで気後れしそうになるが、私はありのままの洗井くんを知りたいし、受け止めたいのだ。
 今日はその決意と共にここにやって来た。上辺だけを見て、勝手に洗井くんを作り上げることはやめよう。

「うん、ありがとう!リンゴジュース大好き」

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