ファム・ファタール〜宿命の女〜

2

 やはり洗井くんが当番の日は図書室が賑わっている。私は洗井くん以外の人が当番時の図書室の雰囲気は知らないが、わかる。絶対にこんなにキャピキャピしてない!絶対あの子もあの子もあの子も洗井くん目当てだー!ここは図書室だからね、洗井くんを見に来るところじゃないから!って、自分のことは棚に上げて他人を非難するなんて、よくないよくない。私は気持ちを落ち着かせるように深呼吸した。そしてカウンター業務を行っている洗井くんに歩み寄る。

「やほー、洗井くん」

 私の声に反応をし、洗井くんは顔をあげる。目が合ってどきりとした。心臓に悪い……。

「あ、明石さん。珍しいね。何借りに来たの?」

 洗井くんは私の姿を確認すると、読んでいた本をパタリと閉じてそう口にした。

「えっと、悩んでて。洗井くんのオススメ聞きたい!」
「オッケー。どんな系統がいい?」

 洗井くんが私の名前を呼んでくれて、こんな風に喋れるのは私たちがクラスメイトだからだ。もしクラスメイトじゃなければ、この状況を恨めしそうに見ている女の子たちの様に、私も指を咥えて見ていることしができなかったかもしれない。ほんとにクラス分けした先生方に感謝したい。菓子折りを配り歩きたい。

「んーとね。魔性の女の人が出てくる話!」
「え、魔性……?あはは。明石さんってやっぱり面白いよね」

 私の言葉に笑った洗井くんはそう褒めてくれた。……ん?面白いって、それ異性の評価としてはどうなんだろう。ふと疑問に思ったけれど、洗井くんの笑顔を見れたから、もうなんでもいいかという気分になった。

「ポピュラーなものなら、谷崎潤一郎の『痴人の愛』かな?」
「……なんか過激そうだね」

 少し考えたのちに提案してくれた書名に私がゴクリと喉を鳴らせば、洗井くんはまた綺麗な笑顔を見せた。

「明石さんは魔性の女って感じじゃないもんね」

 洗井くんの言葉に思考が停止する。……それって女としての魅力が薄いという……こと?いやいや、純粋っぽいってことだよね?ね!ね?

「あ、ごめん。純粋そうだねってこと。素直でいいと思うよ、俺」

 考えていることが顔に出ていたのだろう。洗井くんは慌ててそう付け加えた。優しい。洗井くんってやっぱり天使なんだ。
 洗井くんの言葉に少し傷ついたことはきれいさっぱり忘れて、いいことだけを頭に残す。我ながら生きていきやすい性格をしてるなぁ、と自画自賛するしかなかった。

「洗井くん、これ借りたいんですけどぉ」

 鼻にかかった甘い声が後ろから聞こえて、反射的に場所を譲った。この子もきっと洗井くん目当てだな、と直感的に思ったし、その直感は外れていないだろう。

「すみません。お待たせしました。学年、組、名前をお願いします」

 スラスラと流れるように出てくる定型文が心地良く響く。洗井くんの声、好きだな……落ち着く。全校生徒のバーコードがファイリングしてある冊子をなぞる指が最高に色っぽい。洗井くんの長い指も好き。
 バーコードを読み込んだ後、返却日を女子生徒に伝え終わった洗井くんは私の方を見た。いいなぁ、私もその指に触ってほしい……とじっと凝視していたのに気づかれかただろうか。さっき純粋そうだと褒めてもらったのに、こんな邪な気持ちを抱いていることに気づかれたとしたら、居た堪れなさすぎる。申し訳なさから洗井くんに曖昧に微笑んだ私に、洗井くんが微笑み返してくれた。あ、だめだ。私、洗井くんに殺される。
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