あの日溺れた海は、
4.遠い記憶
「ねえ〜今年の合宿どこ行くか決めよ!」


その日もいつもの部活と同じような静寂の中で各々が鉛筆やキーボードを動かす音だけが響く文学部の教室内。その静寂を切り裂くように喬香が机から身を乗り出して提案する。


「ん〜。まだ早くない?」

「いやいや、もう6月になるんだよ!?泊まるなら宿だって早めに取った方がいいじゃん、ね、部長!」


少し渋る月に、喬香は反論しながらも最後はにっこり笑顔でこちらへ投げかけてきた。


「うーん、そうだね。」

わたしがそう頷くと喬香は「イェーイ!」とジャンプして喜びを体で表した。


文芸部では原稿用紙やシャープペンと年に一回発行する部紙にしか使い道がない部費を消費するために、毎年夏休みに合宿と称して近場に旅行をすることが恒例になっていた。


去年は引退前の先輩たちとグランピングをしたのは良い思い出だ。


「去年は山だったし、今年は海とかどうかしら?」



彩の提案に他の部員も次々にいいね〜と賛同する。

海、と聞いてわたしは一瞬顔を強張らせたけど、動揺を悟られないようにすぐにぎこちない笑顔を作ったをした。


その後は、あそこの海が綺麗らしい、とか、あそこは観光客でごったがえしている、とかお互いに情報を出し合いながら細かい場所を話し合った。


その間もわたしは明らかにみんなとは別の意味で胸を高鳴らせては、ふう、と息をついて自分を落ち着かせた。




海。



海には良い思い出がない。

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