恋降る日。波のようなキミに振り回されて。

第1話 桜舞う 只今失恋中

「これが桜」
 バスの中からわたしは魅入っていた。

 今日は高校入学式。わたしが育った場所は小さな離島。今日は船に乗って本土に渡ってきた。島には桜がなかった。生まれて初めて見る桜並木に、わたしは息をのんだ。バスは数少ない客をのせて走る。降りるバス停まであと二つ。バスに乗るのも初めてだった。普段なら、初めてのことなんて目が泳いでどぎまぎしていただろうが、今日はみゆきがいる。みゆきがいればオールオーケー。めんどくさいことは全部任せられる。幼馴染の絵川(えがわ)みゆきは私の神様仏様みゆき様。みゆきは少しルーズなショートヘアをしている。染めたりしてるわけじゃないけど、毛先に向かって薄い茶色になっている。それがとてもよく似合う。瞳の色も縁が茶色で優しい雰囲気。笑顔が多くて面倒見がいい。

「次の次だよ」みゆきが私に幼い子に教えるように告げる。

 さすが幼馴染様。よぉーくわかっていらっしゃる。みゆきのこういうところがわたしをダメにする。でも、

「わかった。ありがと。感謝感謝」本当に感謝しているんだけど、当たり前になりすぎて伝わってないかもしれない。

 バスが止まって降りる人乗る人。なにもかもがめずらしかった。中学まで島の中で過ごした。島の中にはバスなんてない。あるのは軽トラとスクーターとあとは、、、自転車。半農半漁の島には軽トラ必須。どこまでも走っていく軽トラの可能性は無限大。そういやうちの軽トラ、新車になって、四駆になったと父さんが自慢してた。

 わたしは矢歌(やうた)はじめ。高校1年生。身長160センチ。体重は平均とだけ。ちなみにみゆきも全く身長体重が一緒。少しうねりがあってそれが気になる黒髪の毛は、祖母にショートカットを指定されているのでボブより短いくらいにしている。前髪が毎日定まらないのも気になるか。顔は中の中だと思う。良くもないだろうけど悪くもないはず。視力は良いのが自慢かな。であとは、ど田舎暮らしを除けばふつーの高校生。

 と、言いたいところだが。。。
 こんなこと言うのもはばかれるが、どうやらわたし、魔法が使えるらしい。というのも、魔法が使える時がある、と言ったほうが正しいかな。
 この魔法、わたしの思いが誠でないと使えないという、ひどく限定的で、自分のことなのにうさんくさい。テストで百点取りたいとか、おこづかい増やしてほしいとか、誰かさんと両想いになれますようにとか、そんな気持ちには全く響かない魔力。これって魔法と言えるのか?

 わたしが魔法を使えたのは過去に数回。小学1年生の時に、木の実拾いをしていたわたしに、軽トラが突っ込んできた。そんな状況で私は、なんと怪我もなく済んだ。軽トラに乗ってたおっさんのみ病院送りになった。
  小学6年生の時は、酔っぱらったおっさんに絡まれ、恐怖を感じていたら、次の瞬間おっさんは病院送りになった。
  中学1年生の時には、理科の先生の横暴さに我慢できずに怒りと涙が入り混じった次の瞬間、その先生を病院送りにした。

(なんじゃこの現象!!!)

 中学2年の1学期、自宅で風呂に薪をくべていた。風呂が焚けないと我が家では一人前とみなされない。ギュッと固くしぼった新聞紙に火をつけ、細い枝や葉っぱから小さな火を作り、だんだん大きな薪へしっかりとした炎を作り上げていく。我ながら手慣れた作業。薪の炎っていいよねぇ。うっとりしてた。

「あんたの風呂焚きさー、熱すぎるって家族のみんな言ってるよね」ここ誰かいたっけ?
「コーヒー風呂ってウケるんだけど」はぁ?!これは幻聴?にしてはひどい!

 父さんも母さんも沖に出ていた。弟たちは友達の家に遊びに行っていない。ばあちゃんは今日は来ない。

 「じゃ、誰?!」とひとり間抜けに土間で叫ぶわたし。

「はじめまして。でもないんだけど、ここに住んでる魔法だよ。気さくにまぁちゃんとか呼んでくれたっていいんだけど、あんたは何て呼びたい?」声だけははっきり聞こえるのに、何がどこにいるのかわからない。
「しっ、知らんわ!!っていうか誰?何?どこ?」わたしは土間の四方八方を見渡す。
「質問多いな。誰って魔法です。何って魔法です。どこってここです」声の持ち主はいたって冷静、いやからかっていた。
「全然わからないんだけど!!!」とやはり間抜けにひとり土間で叫ぶ。

 これが魔法との初めての会話だった。ちなみ魔法のやろーは、その時には炎のなかにいた。薪をぶつけてやったが、効果があるはずもなく。そして、今までの不思議な現象の真相を聞くこととなった。

 その時思った。人を嫌いになるのだけはなるべく思わないようにしようと。

 そして魔法には、自分の好きなアニメのキャラクターから名前をとって「テン」と呼ぶことにした。センスが悪いと言われたのは言うまでもない。

「はーちゃん、降りるよ」みゆきの声で我に返る。
「えっ、もう?」やっぱりみゆきがいて良かったと再認識するのであった。

  座席から急いで立つ。えーっと定期は、、、っと。真新しい定期券をかざす。ちょっと緊張。みゆきと同じようにする。バスを降りるとあとは徒歩。みゆきは時計を見て言った。

「全然余裕だね」赤い腕時計をみるみゆきが頼もしい。
「そうなの?」こんな頼りっぱなしの会話をもうずっと昔から続けている。

  みゆきと一緒に登校するから、船の時間以外は確認していなかった。次の船じゃ間に合わないくらいはわかってたけど。

 二人で歩きながら、春休みのことを話していた。卒業していたけど、テニス部には顔を出していた。二人とも部活が大好きだった。もちろんみゆきはキャプテン。後輩からの好かれようが半端なかった。私は、いちおう上手かった。県大会で準優勝。びみょー。推薦の話もあったけど、近い公立を選んだ。島を離れて暮らすことに抵抗があったし、島を離れてしまったら…あいつに会えなくなる。

 春休みに部活に行ってたのもあいつが学校にいたから。みゆきにも後輩にも言えるはずもない、不謹慎な動機。だけどあいつに会えるんだったら、どんなことだってした。最後に会ったのは先週の金曜日だったっけ。

「来週試合あるんだって、勝てるかな?はーちゃんどう思う?」突然の質問に、
「えっ、あー、組合せ次第じゃない?」と気持ちの入ってない返答をした。
「はーちゃん後輩に冷たい」やはり、見抜かれた。
「そう?じゃ、勝てる」って言うしかないと思ったら、
「それじゃ、適当!」みゆきに怒られて笑った。

 だけど、あいつに会えないことばかり考えていた心中は、笑えないどころか失恋全開で落ち込みモード。告白もしていない片思いに一人で勝手に盛り上がり、一人で勝手に失恋し、一人で勝手に愁傷していた。もう会えないんだと思うばかり。

 高校の門をくぐる。落ち込んでいる今のわたしには何もかもがモノクロに見えた。いつの間にか靴箱を見つけ、教室をみつけ、体育館で入学式があって、また教室にもどって、担任の話があって、
 それで、

「桜だ」誰にも聞こえない程度のひとり言。

 窓際の席だったから、ガラス一枚向こうの眼下に満開の桜が見えた。今年の桜は遅咲きらしい。淡いピンクの木々が並ぶ運動場。こんなにきれいなものを見たことがない。その日唯一の素敵な風景。これは一生忘れないと思った。

 高校2日目。
 わたしとみゆきは当然テニス部の見学に行った。運動場の奥のほうにテニスコートがあった。桜並木の真下に入った。桜・桜・桜。空が見えない。わたしは立ち止まる。ざざざざっと風が向かってくるのが、スローモーションで見えた。桜が膨らんだ。膨らんだまま、どんどん向かってくる。ここで死んでもいい。大げさだけどそう願った。優しい淡いピンクの風が、わたしを包みこんだ。そして思ってたより速く私から去って行った。

「はーちゃん、行こーよ」みゆきの急かす声がして、
「あっ、ごめん」と謝る。
「いーよ。桜、島に無かったもん。すごいよね」あっ、みゆきにはわかったか。
「だね」幼馴染と桜の香りを吸い込んだ。

 私たちはテニスコートまで急いだ。バスの時間っていうか、船の時間が迫ってた。島で暮らす人間は、島と本土を結ぶ船の時間に支配されていた。その時間がものごとの起点となる。船の時間から逆算して、バスの時間、学校に行く・学校から帰る時間を考える。
 テニスコートには二十人くらいの先輩達と、10人くらいの見学者がいた。

「やうたはじめさん?」いきなり、見学者の中のひとりから話しかけられた。どういうこと?
「そうですけど。。。」恐る恐る答える。
「やっぱり!テニス、強かったから知ってるんです!!」目の前の興奮している女子に少し圧倒される。

 なんか照れる。他の見学者にも注目されるはめになった。これは落とし穴だった。予想もしていなかった。そんな変な緊張を抱えたまま、フェンスの向こうの、練習風景を見ていた。

 すると、ものすごい突風が襲ってきた。まさに不意打ち。腕で目を覆った。

 次の瞬間、テニスコートとは反対側の方向、突風の向こう側から走ってくる集団が現れた。桜をまとわせながら、青空を切りながら、どんどん向かってくる。その中に月巨理(つき なおまさ)はいた。のちに分かったのだが、あの集団は陸上部だった。そして月巨理は二年生にして陸上部主将であった。

 勝手に失恋中のわたしに、桜の妖精が、あの瞬間を与えてくれたのかもしれない。だって、うちのテンでは決してありえないでしょ。

つづく
< 2 / 22 >

この作品をシェア

pagetop