私だって男にモテたい
モテ期到来?
 横浜で歯科技師による新しい技術の説明会があると案内状が来た。
案内を読むと、この間のチャラい轟が講師の一人として名を連ねていた。あんなのが講師? 行くのやめよう・・・案内状をゴミ箱に捨てた。
・・・でもちょっと聞いてみたいかも・・・案内状をゴミ箱から拾って、出席の返信を出した。

 説明会では3名の技師が登壇した。
一番初めに登壇したのが、〇〇歯科大学××研究室 (とどろき) 大河(たいが)だった。
彼の話は小気味よく、耳に入ってきた。印象とは違い、いたって真面目な興味をそそる内容だった。
泉は少し見直した。
その後2人の話はあまり参考になる内容ではなかった。

 説明会の後、歓談タイムがあった。
泉は適当に帰ろうと思って、出入り口近くにいた。
轟が泉を見つけてやってきた。
「神崎先生、今日はいらしていただいてありがとうございます。」
「いえ、勉強ですから・・・」
「神崎先生、今日こそ付き合ってくださいよ。一杯・・・」
「いえ、私帰りますので・・・」
「泉・・・まだわからないの? 僕だよ大河。木村(きむら) 大河(たいが)。」
「えっ。大河? だって轟って・・・」
「俺中学入る時引っ越しただろ。あれ、うちの親が離婚してさ、俺は母親に引き取られた。母の旧姓が轟なの。」
「そうだったんだ・・・でもあの頃チビだったよね。」
「そうだな。お前は相変わらずデカイけど、俺は中学でいきなり背が伸びた。バスケやってたんだけど寝れば背が伸びているみたいだった。膝が痛くてな~。」
「私のことデカイデカイって言わないでよ~相変わらずね。でも驚いたよ。あまりにも違うから。背も高いし、メガネなんか掛けちゃってるし・・・」
「そうだな。俺は182㎝ある。お前より背が高くなって良かったよ。」
「ところでいつ私ってわかったの? 」
「広島の歯科学会の時、席探して歩いている泉を見て気が付いた。名札を見て確信して声かけたんだ。」
「何でその時言ってくれなかったの? 」
「いつ気が付くが面白くてさ。」
「全く―。」
「ハハハ。」

 2人は近くのバーに飲みに行った。
「あのころ、私スポーツでも男の子には負けなかった。でも、チビの大河にだけには勝てなかった。そして、私を負かすと、おもいっきりニーッて満面の笑みで笑ったでしょ。悔しくて 悔しくて・・・いつか負かしてやろうって思っていたのに、私の前からいなくなっちゃって、なんか消化不良というか・・・」
「寂しかった? 」
大河は泉の顔を覗き込み、満面の笑みを浮かべた。
「あーもう、そういうとこ変わってない。憎たらしい。」
「ハハハ。泉も変わってないな。俺、お前のことずっと好きだったんだ。なんか、女の子のくせに頑張っていて、すぐむきになってさ。少し背が高いのはうらやましかったけどね。
「なー泉・・・お前今フリー? 」
「付き合っている人はいる。この先どうなるかはわからないけど・・・」
「俺にもチャンスくれない? 」
「えっ? 5年ぶりに再会したばかりなのに何言ってるの? 」
「俺さ、友達からお前のことずっと聞き出していたんだよね。高校の時に歯科医目指すってことも。だからさ、俺も歯科の方に行った。ずっと関西だったから、こっちには来られなかったけど、就職はこっちにしたんだ。いつか泉に会えると思ってね。」
「バカじゃないの。何してんのよ。私の為?・・・」
なんか涙が出た。嬉しかった。(イゃだ。どうしよう・・・)
「泉が歯科医で俺が検査技師ならずっと一緒に居れるだろ。」
「何勝手に夢見てるのよ・・・私今彼氏いるのよ。」
「俺にしろよ。」
轟は泉の手をぎゅっと握った。
そして、腕を引っ張って泉の顔に手を添えてキスをした。
泉の心臓はとてつもなく高鳴っていた。(どうしたらいいの。私、ダニエルがいるし・・・)
「俺、本気だぞ。泉・・・」
轟は泉の耳元で低い声でそう言った。
泉はぞくっとした。今までにない感覚だった。

 2人は店を出た。
「僕のマンションここから直ぐなんだ。もう少しうちで飲もう。」
「えっ? でも・・・」
「いいからおいで。」
轟は強引だった。でも泉は逆らわなかった。

 轟のマンションは豪華だった。高層マンションで横浜の夜景がきれいに見えた。ダニエルと行ったホテルに負けないくらいだと泉は思った。

 轟は泉にシャンパンを渡した。
「泉、俺と結婚を前提に付き合ってくれないか。必ずお前を幸せにする。お前は歯科医院を続ければいい。俺がお前の家に行ってもいい。お前と一緒に居られるなら、出来る限りのことをするから考えてくれ。
お前のこと、今すぐにでも押し倒してものにしたい。でも、お前の返事を待つよ。だから、考えてくれ。返事は今でなくてもいいから。」
「ありがとう。でもあまりにも急で・・・少し時間を頂戴。」
「そうだな。わかった。キスだけいい? 」
「うん・・・」
優しいキスをした。
「大河、私帰るね。」
「そうだな。俺も我慢できなくなりそうだし・・・送るよ・・・」
「ううん。いいよ。私タクシーで帰るから。」
「わかった。この下まで送らせてくれ。」

 泉はタクシーの中でボーっとしていた。考えなんかまとまらなかった。大河のこと、ダニエルのこと、そして徹のこと・・・
私いきなりモテ期になってしまった。
(でもきっとこれが最初で最後・・・考えなきゃ・・・)


 泉は悩んだ・・・大河のことが気になる。でもまだ付き合ってもいないし、正直わからない。ダニエルのことは大好き。でも、この先があまりにも不安。徹は・・・一番気楽、でもこのままが良いような気がする。
(あーどうしよう。)
そう悩んでいた時、喜美子から電話が入った。
「泉~その後ダニエルとはうまくいってるの? 」
「いきなりそれ? 」
「だって、面白いでしょ。どうしてるのかなって・・・」
「まったく喜美子ったら、私のことで楽しんでるよね。」
「そうだよ。だからさ、教えてよその後・・・」
「いろいろあってさ・・・どこから話したらいいか・・・」
「何? いろいろって? 」
「徹からは何も聞いていない? 」
「聞いてないよ。何があった? あのバカなんかした? 」
泉はこの間の徹とダニエルのやり取りの話をした。
「あのバカ、そんなことしたの・・・よっぼど泉のこと好きなんだね・・・ゴメンネ。あいつバカだけどさ、いいやつなんだよ。わかってやって。」
「うん、わかってる。徹が私のこと心配してくれていることもわかってる。だから徹に怒ってはいない。喜美子も怒らないでね。徹が忠告してくれたけど、それでもダニエルのこと大好きなの。いままで私女の子扱いされてこなかったけど、ダニエルといると私は女の子でいれる。デカイとも言われない。2人でいるとストレスが無いの。」
「そうか・・・でもいつかいなくなってしまうという不安もあるわけね・・・」
「そう。その不安は付き合うごとに増えてる。どんどん好きが増しているから。だから辛い・・・」
「泉・・・」
「それとね。最近もうひとり現れた。」
「何? 誰? 」
「喜美子、大河って覚えてる? 私を負かしたチビ。」
「大河?・・・木村 大河! 覚えてる。あんたを負かしてニカッと笑っていたやつだ。」
「そう。その大河。この間再会した。今は背も高くなって、かっこよくなってた。向こうから声かけてきて、私のことずっと好きだったって言われた。私と一緒に居たいからっていろいろ調べて今は歯科技工士になっている。その上に、結婚前提に付き合ってほしいって告白された。
「えーーーーーいきなり? 」
「そう。いきなり。再開した当日。」
「えーーーーーーーー」
「どうしたらいいと思う? 」
「ちょっと待って、私の心臓がおかしくなるよ。まって まって・・・じゃ今、泉は3人の男から思われてるってことだ。」
「そうなる・・・」
「まったくさ。30年何もなかったのにいきなり・・・」
「そうなんだよ。きっとさ、最初で最後だと思うんだよね。」
「そうだね。わるいけどそうだよ。ここで間違えないように選ばないと・・・」
「喜美子・・・助けて・・・」
「泉、わかったから一緒に深呼吸しよう・・・・」
「泉、大河とはしたの?」
「凄いこと聞くね。まだだよ。返事を待つって言われた。」
「大河、偉いな。本気だね。ダニエルとは? 」
「うん。してる・・・」
「どうなの? 外人は? 」
「私比較が無いからさ・・・」
「そうか・・・初めてが外人か・・・でもイャとか不快とかは無いんだよね。」
「無いかな。優しいよ。」
「あー、ゴチソウサマ。そうか、大河ともしちゃえばよかったね。」
「喜美子ったら・・・もー」
「だってさ、わが弟 徹は可愛そうだけど無いでしょ。ということは2人だよね。大河の生活はどんななの? 」
「横浜の凄いマンションに住んでた。着ているものの派手ではないけどいいものだと思う。とくにコロンとかも付けていないし、アクセサリーもしていない。女気はなかった。」
「そう。そこまで見たか・・・ダニエルに関しては、家がどうかもわからないし、彼女いるかもしれないし、コロンは付けてるし、多分アクセサリーもしてるよね。」
「そう。そのとおり・・・」
「だったらさ、条件としては大河じゃん? あとはあっちの相性だよね。付き合っちゃえ。」
「だって、ダニエルがいるし・・・」
「うまくやりなよ。」
「二股ってこと? 」
「少しの期間だけだよ・・・大河とのあっちの相性が分かれば結論出るでしょ。」
「出来るかな私・・・」
「ダニエルには私と会うとか言ってさ、名前使っていいからさ。とにかく大河とやってしまえ。」
「喜美子、結婚してると言うこと凄いよね。」
「そうね。でもさ、私は旦那のどこが好きだったかというと、食べ物の好みが同じだったこと。価値観も近かった。あと声ね。今でもたまにドキッとする。あっちは私もあまり経験ないから比較できないけど、無理なこと言わなかったし優しかった。起きたときに一緒にいれてうれしかったんだよね。」
「なんかわかる・・・」
「早めに結論出した方が良いね。」
「ありがとう。私も大河と付き合ってみたい。」
「泉、頑張れ!」
(友達っていいもんだよね。真剣に考えてくれる。ありがたい・・・)


 泉は大河に電話をした。
「大河? 今少し話せる? 」
「泉・・・大丈夫だよ。電話くれてうれしいよ。」
「あのね。今私付き合っている人がいるって言ったよね。」
「うん・・・」
「でもね、大河とも付き合ってみたい。大河とはずっと会ってなかったし、正直わからないところばかり。だから、ずるいかもしれないけど、こんな私で良かったら付き合ってほしい。」
「・・・フフ。お前正直だな。でもそういうとこも好きだ。わかった。俺の方かいいってとこわからせてやるよ。1ヶ月でどうだ。それで決めてくれ。」
「うん。ありがとう。」

 泉はダニエルに嘘をついた。
今週末は親友の家に遊びに行くと言ったのだ。ダニエルは楽しんでおいでと言ってくれた。ちょっぴり心が痛かった。

「大河、土日空いた・・・」
「わかった。土曜日新横浜まで来てくれる? 11時でいいかな。」
「着いたら電話するね。」
泉は泊ってもいい最低限の用意をして出かけた。
「新横浜に着いた。」
泉は大河に電話をした。
「車で来ているから、ちょっと待ってて。直ぐ迎えに行く。」
大河は車を置いて迎えに来てくれた。

「泉、お待たせ。」
大河の私服は初めてだった。カジュアルだけど爽やかで、腕まくりをしたシャツの下から出る腕の筋肉が目立っていた。
「私服もいいね。」
「泉も可愛いよ。」
大河はさっと泉の手を引いて車まで歩いた。
大河の手は大きかった。でも優しい手だった。
2人は車に乗った。
「うれしいよ。泉とデートできるなんて。」
「ありがとう。中途半端でごめんなさい。」
「大丈夫、俺を選ばせて見せるから・・・でさ、今日なんだけどこれから箱根まで行こうと思うけどいい? 」
「ドライブってほんと久しぶりだからうれしい。」
「車だと話も出来るしいいと思ってね。」
「着いたら丁度お昼だから、イタリアン予約した。大丈夫? 」
「イタリアン好きよ。」
「小さな店だけど人気店なんだ。」
道はあまり混んでいなかったので、快適なドライブだった。
車の中では子供の時の話で盛り上がった。
店に着いた。仙石原の別荘地にある店だった。
「ここではね、バーニャカウダを絶対食べる。あとは好きな物どうぞ。」
「マルガリータピザが食べたいかな。」
「そうだね。後は鶏肉のグリルとパスタにしようか。」
どれもが美味しかった。大河の言っていたバーニャカウダは野菜もソースも美味しくて絶品だった。
「みんな美味しい。ありがとう。」
「泉は嫌いな食べ物あるの? 確か子供の時はコーヒーが苦手だったよね。」
「良く覚えているわね。みんなに子ども扱いされた。今でもあまり好きじゃない、紅茶派かな。それ以外で嫌いなものは無いかな。大河は? 」
「俺も殆ど嫌いなものはないな。たまに苦手な香辛料とかあるけど、食べられないわけではない。コーヒーは好きだけどね。
「俺ね、食事している時にうれしそうに食べてくれたり、俺が好きな物を美味しいと言ってくれるのがすっごくうれしい。さっきも泉が美味しそうに食べてくれた。いい顔してた。」
「ありがとう。私も食べること好きだし、好みが合うとうれしいかな。」
「今日ね、この後美術館で散歩して、その後夜の計画なんだけど、この近くに美味しい肉屋があるんだ。」
「焼肉屋さん? 」
「違う、生肉の肉屋。そこの肉屋は牛を一頭買いしているから部位も揃っているし好みを言うと肉を切ってくれるんだ。そこでステーキ肉を買って、家で焼いてワインを飲むのはどう? 」
「大河の家で? 」
「そう。一度やってみたかったんだよね。」
「わかった。ちょっと楽しいかも・・・」

 2人は美術館の庭園で散歩をした後、肉屋に行った。たくさんの種類の肉があった。都内より安くてしかも品が良いのが見て取れた。
あまり油の多すぎない赤身の肉を少し厚めに切ってもらった。2人の好みは似ていた。
肉屋の後は、近くのスーパーに行った。野菜とチーズ、ワイン、フルーツを買った。
買い物を済ませて、湖の近くのカフェでお茶をした。少し休んでから、大河の家に向かった。
「なんかゴメンネ。」
「なにが? 」
「だって、ずっと運転してもらって。私免許はあるけどペーパードライバーだから。」
「免許持ってるんだ。今度練習する? 」
「いいよ。乗っている方が楽だし・・・」
「何だよ、ゴメンネ、なんて言ったくせに・・・」
「そうだね。ずるいね、私・・・」
「いいよ。俺運転嫌いじゃないから気にするなって。ほんとまっすぐだな、お前・・・」
「ゴメン・・・私ずるいよね何でも・・・」
「そういうとこも可愛いよ。」
「恥ずかしいよ・・・」

 大河の家に着いた。
大河はTシャツに着替えて肉を焼いた。
泉はサラダを作り、チーズやフルーツを切った。そして、テーブルにワインとワイングラスを出した。
「焼けたよ。さぁ食べようか。」
赤ワインで乾杯をした。少し渋みのあるワインだった。
「まず塩胡椒だけで肉食べてみて。焼き加減どう? 」
「うーん。美味しい。ステーキ屋で食べるより美味しいかも。このワインとも合う。」
「どれどれ。・・・ホントうまい。いい肉だ。焼き方もいいな。」
「そうだね。大河シェフ流石です。」
「そうだろ そうだろ・・・ハハハ」
「いいね。こういうのも楽しい。」
「ステーキをワサビ醤油で食べてみて。」
「ワサビ? ・・・なにこれ、この方が好きかも! 」
「良かった。俺はステーキにはワサビ醤油派なんだ。ホントは生ワサビが良いんだけどね。」
「なんか日本人って感じ」
「日本人ほど味に敏感な人種はいないよね。」
「そうね。」
「ねえ泉、俺今すっごく幸せ。一緒に料理作って、同じもの美味しいって食べて、笑っている。平凡かもしれないけど、これが一番いいと思っている。たしかに、高級なレストランや、他にもおいしい店はいっぱいあるけど、家で食べる食事って一番だと思うんだ。今日みたいのは特別かもしれないけど、それでもやはりいい。泉はどう思う? 」
「そうね。私は母が専業主婦だったから家ごはんが多かったけど、どこかに旅行に行って美味しいもの食べて帰って来ても家のご飯食べると落ち着いた。帰ってきた、と思えた。そう言うことでしょ。」
「そう。俺は両親が離婚して母は仕事に出たから、祖父母の家でごはんを食べさせてもらっていた。母が仕事帰りに祖母の家に寄って、母もそこでご飯を食べ、僕を連れて帰った。
「そのうち母は体を壊して祖母の家に2人で引っ越したんだ。僕にとっては自分の家じゃないんだ。あくまでも祖母の家・・・自分の家が欲しかったんだな。
泉、この5年、僕にとっては本当にいろんなことがあった。母の死、祖母の死。いきなり誰もいなくなったんだよ。僕の前から・・・家の処分や相続も大変だった。いろんな親戚がいるからね。僕も多少は相続したけど、もめるのはイャだったから細かいものは親戚に任せた。その相続したお金でこのマンションを買ったんだ。
身分不相応かとも思ったけど、この夜景を見たとき、ここで泉と2人で飲みたいって思ったんだよね。本当だよ。僕の夢だったんだ。今日かなったよ。」
「大河、ありがとう。なんだか私の知らないところでいろいろ考えてくれていたと思うとホント驚くんだけど。でもうれしい。」
「泉・・・」
大河は泉にキスをした。
「泉、抱きたい。いい? 」
「聞かないで・・・」
大河は泉に大人のキスをして優しく導いた。大河は、泉の耳元で綺麗だとささやいたり、耳をかんだりした。そのたびに泉はぞくっと感じた。あー好き・・・
大河はやさしかったりはげしかったり、泉の反応を見ながら抱いた。だから泉はすごくイッた。ダニエルの時よりも・・・
抱かれている時にはダニエルのことは忘れた。

 朝、私が目覚めると隣で大河が私の顔を眺めていた。
「おはよう、泉。良く寝れた? 」
「おはよう。いつから起きていたの? 恥ずかしいよそんなに見つめて・・・」
「ずっと見てた。」
「まったく・・・大河ったら・・・」
二人はキスをした。
「またしたくなっちゃうよ。シャワーして来たら」
「そうね。シャワー借りるね。」
「いいよ。タオル出しておいた。」
泉はシャワーを浴びた。一人でゆっくりと。気持ちが良かった。大きなバスタオルとバスロープが置いてあった。バスロープを着て、部屋に戻った。
「シャワーありがとう。」
「さっぱりした? 襲いに行こうかと思ったけど止めたよ。シャワーくらいゆっくり浴びたいだろ。」
「そうね。ありがとう。」
大河のやさしさがうれしかった。
「朝ごはんだけど、パンケーキでいい? 」
「えっ? 大河パンケーキ好きなの? 」
「好きだよ。子供の時お前の家でお母さんが作ってくれた。その味が忘れられなくて自分で作るようになったんだ。」
「そうだっけ? 覚えていない・・・」
「覚えていないか・・・」
「ゴメン・・・」
「まぁいいさ。パンケーキ作るからちょっと待ってて。」
大河のパンケーキは少し薄目で美味しかった。
「美味しかった。大河何でもできるんだね。」
「そうだな、家事は何でもできる。」
「私の方がきっとできないね。」
「家事は女性がするものっておかしいよ。共稼ぎならなおさらね。僕はそう思っているよ。」
「大河・・・」

「泉、今日はこの後どうしたい? 」
「大河・・・今日は帰ってもいいかな? 」
「疲れた? 」
「ううん、ちがう。ゆっくり考えたい・・・」
「・・・わかった。じゃあ車で送るよ。」
「ありがとう。」
車の中は少し重い空気だった。大河は一生懸命いろんな話をしてくれたが、泉の耳には入ってこなかった。
「送ってくれてありがとう。」
「うん。楽しかったよ。・・・泉・・・気持ちの整理出来たら連絡して。」
「ありがとう。ゴメンネ大河・・・」

 泉は悩んだ。
(大河の側にいればきっと幸せだろう。でもダニエルと一緒の時の私は昔の私ではない、女の子を感じさせてくれる。新しい私を感じることができる。
どうしよう・・・)

 突然電話が鳴った。知らない番号だった。ちょっと警戒しながら電話に出た。
「泉さん、ボブです。いきなり電話してゴメンナサイ。」
「ボブ。どうしたの? なにかダニエルにあったの? 」
「今、泉さんは家ですか? 」
「そうよ。」
「渡したいものがあるので、10分後に玄関先までお伺いしてもいいですか? 」
「はい。でも何なの? 怖い。 」
「すみません。後ほどご説明します。」
ボブは電話を切ってしまった。

 玄関のベルが鳴った。ボブが硬い表情で立っていた。
「はい。」
「泉さん。これをダニエルから預かりました。」
ボブは手紙を泉に渡した。
「なにこれ? 」
「読んでください。そして、もうひとつ。ダニエルからの伝言です。本当にゴメンと・・・」
泉は目の前が真っ暗になった。手紙を読まなくても内容が分かった。
ボブは頭を下げて帰っていった。

 泉は恐る恐る手紙を広げた。
—泉さん
—いきなりの手紙ですみません。本当ならちゃんと会って話さないといけないのだけど、僕にはその勇気がありません。
—僕はアメリカに帰ります。本当は泉と日本で暮らせるようにと考えていたんだ。
—だけど、僕の元カノから連絡が入って。彼女が妊娠していることを知った。
—彼女はずっと僕に隠していた。だからもうおろすことは出来ない。
—僕は悩んだ。彼女は、一度は僕を振ったんだ。だけど生まれてくる子供には罪はない。
—だから僕はアメリカに戻る。
—泉・・・本当にゴメン。あなたのこと愛していたことにいつわりはない。
—いくら謝っても許しては貰えないと思っている。
—本当にゴメンナサイ。
—泉が幸せになることを祈っている。
—ダニエル

 泉は嗚咽した。
ダニエルがいなくなった。私が大河のことで心を奪われていた時、ダニエルは悩んでいたんだ。何も気が付かなかった。自分のことでいっぱいいっぱいだった。なんてだめな私・・・彼のこと見れていなかった・・・

 次の日、医院を臨時休業にした。心配した助手の(はやし)さんが家を訪ねてきてくれた。
「泉先生、大丈夫ですか? 風邪とお聞きしましたが・・・」
林は泉を見た瞬間に、風邪でないことがわかった。
「泉先生、何があったんですか? 」
泉は林に抱きついて泣いた。大声で泣いた・・・林はじっと泉が収まるのを待った。
泉は少し落ち着いた。林が黙っていると、泉は林に手紙を渡した。
手紙は英語で書いてあったが、林は読むことが出来た。
林は手紙を読み終えて、泉を抱きしめた。
泉はまた泣いた。
「いくらでも泣いてください。泉先生は何も悪くはないんです。ちょっとタイミングが悪かっただけ。ダニエルはいい人だったし、無理に忘れることはしなくていいです。時間が解決してくれます。」
泉は林のやさしさに縋った。


 2週間が過ぎた。
泉は、仕事に専念した。大河にも連絡をしていなかった。少し暇な時間は目から勝手に涙が落ちた。

 それから数日後、医院が締まる時間に大河が医院に来た。
「表で轟が待っていると神崎先生にお伝えください。」
受付にそういうと、医院を出ていった。
受付の子は患者さんが終わった後で、泉に伝言を伝えた。
「えっ? 轟・・・大河が来ているの? 」
「はい。表でお待ちです。」
「・・・わかりました。」
泉は帰り支度を済ませて表に出た。
(どうすればいいんだろう。まだわからない・・・)
大河は車の中で待っていた。
「泉、乗って、早く。」
泉は車に乗った。
「大河・・・どうして・・・」
「泉から連絡が来ないから、僕は焦っていた。そうしたら喜美子から突然連絡がきたんだ。」
「喜美子から? 」
「医院の林さんが泉のことを心配して喜美子に話したらしい。それで喜美子は僕の連絡先を必死に探して連絡してくれたわけ。泉が落ち込んでいるから、立ち直おらせれるのは大河だけだからって・・・」
「喜美子ったら・・・」
泉は泣けてきた。
「俺のうちに行くぞ。」

 大河は部屋に入ると直ぐに泉を抱きしめ熱烈なキスをした。
そして泉をベッドに連れていき、激しく抱いた。
「泉、俺だけを見ろ。俺で感じろ。」
泉は大河で感じた。おもいっきり・・・

「大河、私を離さないで・・・」
「離すもんか。絶対離さないから、安心しろ。」
「あー、大河・・・」

 1ヶ月後、泉の誕生日に2人は入籍した。大河は神崎家に婿入りした形をとった。泉の両親は、喜んだ。泉と大河は、おじいちゃんから引き継いだ医院の横にある古い家を建て替えることにした。いずれはそこで暮らせるように。家が出来るまでは、大河のマンションで暮らすことにした。
家が出来るまでは毎日大河が車で医院まで送ってくれるという。大河はあと1年だけ大学に残りたいと言って大学に通った。大学が終わると、医院に迎えに来るという優しい夫だった。
泉は大河に女の子、いいえ女性として妻として大切にされた。


 そうそう、徹はまた勝てなかった・・・でも、神崎医院の受付の子とうまくいきそうになっている・・・

      END



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