魔力を失った少女は婚約者から逃亡する
10.誰かがやらねばならない
 ライトが団長室から廊下に出ると、副団長であるドニエルに呼び止められた。
「あ、ライトさん」
 周りの様子をうかがいながら、彼はちょっと小走りで寄ってくる。小走りであるのは、廊下を走らないようにしようという気持ちの表れか。廊下を走るとすぐにトラヴィスから注意されるらしい。そういったところは真面目な男だ。

「あの、レインさんは」
 ドニエルが小声で尋ねてきた。
 そう、彼だ。唯一レインのことを気にかけてくれる人物は。

「ああ、レインは今、体調を崩している」
 それがライトの決まり文句。

「もしかして、とうとう団長に愛想を尽かしてしまったのかと思って、焦りました。そうではないんですね。ちょっと安心しました。ここだけの話ですが、本当にあの団長を扱えるのはレインさんしかいないんですよ。身体の方は、あまり良くないのでしょうか」

 そのように尋ねるドニエルが、本当にレインのことを心配しているというのは、その態度からも感じ取ることができた。むしろ、彼女がいないことによる弊害を心配しているのかもしれないが。

「ああ、悪いが当分の間は休むことになると思う」

「そうですか。どうか、お大事になさってください」

 ドニエルはしゅんと背中を丸めて、そこを立ち去ろうとする。

「ドニエル」
 ライトは思わず彼の名を呼んでいた。
「はい」

「悪いが、トラヴィスのことを助けてやって欲しい。あれを一人でさばくのは無理だ」

「はい。いつもはレインさんが対応してくれていたのですが、レインさんがいないのでは誰かがやらねばならないですね」

 ちょっと寂しそうにドニエルが笑った。
 そして二人は別れた。
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