置き去りにされた花嫁をこの手で幸せに
気がつくと病院で横になり、点滴を受けていた。

どれだけの時間が経ったのだろう。
ウエディングドレスは着ておらず、私は病衣を着させられていた。

ウエディングドレスを脱がせてくれたのは誰?
きっと捨てられた花嫁と笑っていたのではないか。

もう何も考えたくない。

また私は深い眠りに落ちた。




再び目を覚ますと私の隣には母が座っていた。

「奈々美?目が覚めたの?」

慌ててナースコールのボタンを押す母を横目に私は強い脱力感を覚えた。

医師、看護師が部屋を訪れるが私は体を起こすことができない。

「槇村さん。1週間意識がなかったんですよ。なので体力も落ちてるしすぐには起き上がれません。少しずつ体力を戻していきましょうね」

1週間?
今日は何日なの?

「今、体調の悪いところはありますか?」

「だるいだけです」

「そうですね。食事が取れるようになれば帰れますからね」

私は頷いた。

「槇村さん、何かあればナースコール押してくださいね」

そういうと医師と看護師は部屋から出ていった。

母は電動ベットで背もたれを少し上げてくれると窓からは真っ青な空が見えた。

「あのあと……どうなった?」

母は言いにくそうだったが私には知っておく必要がある。

「阿川さんのご両親とお父さんが出席してくださった方に式を中止する説明をしたわ。食事会にしていただいて、ご祝儀もお返ししたわ。救急車が来たこともわかっていたので皆さん何も言わずにお食事されてお帰りいただいたの」

「そう……」

「費用は全て向こうがもつことになるわ。慰謝料の請求もするためお父さんが動いてる。奈々美の意識も戻らないし心配したのよ」

母の目には涙が浮かんでいた。
でも私はもう涙さえ出なかった。
こんなことになるなんて思いもしなかった。

結婚式の準備も2人で進めていた。
悠介は優しすぎるところがあった。少し優柔不断なところも。でも私がそんなところを補いうまくいっていると思っていた。2年半付き合い、プロポーズされ、あの日を迎えたはずだったのにいつから悠介は浮気してたんだろう。
でも結局選ばれたのは向こう。
私が捨てられた。
前日電話しても繋がらなかった。前夜は友人がお祝いで少し飲みにいくって言ってたから出られないんだと思っていたのに。飲みすぎないでね、とメッセージを送っていた。そういえば返信はこなかったな。
どうして少しでももっと早く言ってくれなかったの?
式当日だなんて酷すぎるよ。
相手が妊娠してるって昨日今日の話じゃないよね。
もう考えたくない。

「奈々美。今回のことはお父さんに任せましょう。奈々美は何もしなくていいのよ。ゆっくり体力もどしましょう」

母は私の手を取り、握りしめた。
久しぶりに握った母の手は柔らかくて温かかった。
私は頷いた。
“もう忘れたい”
そう思った。
この2年半が何だったのか、喪失感と置き去りにされた猜疑心、羞恥心…計り知れないほどの心の苦しみから逃げたいとだけ思った。
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