何も言わないで。ぎゅっと抱きしめて。



「……転勤、かあ」



短期大学を卒業してすぐ、大手の化粧品会社であるTOKIWAに新卒で入社してから、早いものでもう四年も経過した。


最初は事務希望だったものの、何故か秘書課に配属されてしまい、以来ずっと常務取締役付きの秘書としてなんとかやってきた。


秘書になるなんて全く想像も希望もしていなかったから、最初は理想と現実のギャップが大きく何をやっても上手くいかなかった。


第二秘書から始まり、自分なりに地道に努力を重ねて去年ようやく第一秘書になったばかりの私、津田島 舞花(マイカ)。二十四歳。


たった今、常務から転勤について来てほしいと打診を受けたところだ。


TOKIWAは大手企業ではあるものの、その支社は関東と中部にしかなく、東京本社と他三つで東日本を拠点としてそこから全国展開していた。


しかし近年、外資系の同業他社が業界に大きく食い込んでくるようになったことから、拠点を拡大しようという計画が始動していた。
その第一弾として、新たに福岡に九州支社を作ろうというのだ。


そこで白羽の矢が立ったのが橋本常務だった。


元々営業のホープだったらしい常務は、今ある中部の支社の立ち上げにも携わっていたらしい。


もちろん私が入社するより十年以上前の話だから詳しくは知らないが、余程貢献したのだろう。


そんな常務は私の父親と同年代の五十七歳。


私が入社した時に比べると白髪が目立つようにはなったものの、頭の回転が早くてまだまだ現役だ。


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