何も言わないで。ぎゅっと抱きしめて。



「本当に申し訳ない。今日予定とかあったんじゃないか?大丈夫?」


「大丈夫ですよ。お気になさらないでください。それでは、お先に失礼します」


「本当ごめんね。お疲れ様」



定時ギリギリに緊急の案件が入り、思っていたよりも残業が長引いてしまった。謝る常務に頭を下げてから会社を出ることができたのは、既に真っ暗になった二十時。


街灯の下を歩きながらスマートフォンを見ると、"まだかー?"という連絡が数件入っている。



「……やっば」



普段は、こんな急かすような言葉を送ってくるタイプではないのに。


これ、もうすでに相当酔ってるかもしれないな……。


先に店に入っているからと送られてきたURL。時間は今から一時間以上前だ。


急いで行かなくては。


自社ビルの最寄駅まで小走りで向かい、ちょうど来ていた電車に乗り、三駅先で降りる。そこから歩いて五分。


着いた大衆居酒屋は大通り沿いにある、お酒も料理も美味しいと評判のお店。


中に入ると、いつもの奥の個室に一人の酔っ払いがいた。


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