何も言わないで。ぎゅっと抱きしめて。



窓の外に視線を向けると、ちょうど信号待ちでタクシーはゆっくりと停車する。


すぐ隣には桜並木が広がっていて、開花を心待ちにしているかのように蕾を大きく成長させていた。



───私は、この桜並木が満開になった時。東京にいるのだろうか。



適度に体に入ったアルコールのせいだろうか。なんだかセンチメンタルな気分になってしまう。



大学生の頃は隼也と他の友達と、毎年皆でお花見をしていた。


もちろん、そこには汐音ちゃんもいて。


仲睦まじい二人の笑顔が輝いていた。


それを思い出しながら蕾を見つめているうちに信号が変わり、タクシーが発進するのと同時に桜並木は後ろに動く。


そして次第に見えなくなり、景色は住宅街に移り変わった。



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