日溜まりの憂鬱
3章
「久しぶりに楽しかった?」

 夫である樋口 修也(ひぐちしゅうや)の帰宅はいつも通り午後8時頃だった。ダイニングテーブルに筑前煮と焼き魚の皿を並べる。

 うーん、といまいち歯切れの悪さが目立つ菜穂は再びキッチンに戻り鍋の蓋をあけた。味噌の風味をまとった湯気が一気に広がる。

「まあ、うん。楽しかったよ。でも疲れちゃった」

 既に返事はわかっていた修也が苦笑する。

「でもたまには外に出たほうがいいよ。適当に日に当たんないとね」

「うん。わかってるんだけどね。でもなんかね」

 でもなんかね。その「なんかね」は面倒くさい、だということは修也も承知している。だが修也はそんな菜穂を咎めることもなければ、外に出ろと無理強いもしない。

 味噌汁の椀をテーブルに運ぶ修也の背中に菜穂が言う。

「私、修也と一緒にいるのが一番幸せなんだ」

「わかってるよ」

 初めて二人が出会ったのは菜穂が24歳、修也が27歳の春だった。
 世間体を気にして親戚や周囲には「共通の友人からの紹介」という在り来たりな設定にしているが、実際はSNSがきっかけだ。

 ちょうどその頃、菜穂のストレスは沸点近くに到達している時期でもあった。

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