婚前契約書により、今日から私たちは愛し合う~溺愛圏外のはずが、冷徹御曹司は独占欲を止められない~
第三章 薄氷





クリスマスを過ぎた頃、東京にも雪が降った。

灰色の空からひらひらと落ちてきて、掴んだ途端に消えてしまう。
奈子は冷たくなった指をギュッと丸めてニットの袖の中にしまった。

「すみません、お待たせしました」

ガレージに車を止めた佐竹が戻ってきて、奈子の足元に置いたボストンバッグを持ち上げる。
奈子は首を振ってスーツケースを転がした。

「今日は冷えますね。先にご自宅に入られたほうがよかったのではないですか」

「いえ、なんだか緊張してしまって」

玄関までの長いアプローチを歩きながら、奈子は口ごもってマフラーに鼻先をうずめた。
佐竹がふっと笑って白い息を吐きだす。

「婚姻届は問題なく受理されましたよ。宗一郎さんはすでにあなたの夫です」

宗一郎と奈子は二時間前に入籍した。

とはいえ、奈子が荷物をまとめている間に佐竹が代理で婚姻届を提出してきてくれたので、まだそれほど実感はないのだった。

宗一郎も昼過ぎに仕事を切り上げ、自宅に着いたばかりだという。

今日からは、松濤の家にふたりで住む。

奈子はなにも年の瀬に急いで引っ越しまでする必要はないのではと思ったのだけれど、宗一郎の仕事の都合で、今がいちばんいい時期だと言われて引き下がった。

それに、もともと実家を出て1LDKのアパートに住んでいたから、荷物はそれほど多くない。
手持ちのものは佐竹が肩に担いだボストンバッグと、奈子が引いているスーツケースにすっかり収まってしまった。

ほとんどホテルで暮らしている宗一郎も同じようなものだろう。

松濤の家には家具と食器と洋服と、奈子のお気に入りの本でさえ、必要なものはすべて揃っていた。
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